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 それは「キタワセ品種・丹沢山系エメラルドバージン」と出会ったことにも起因する。ほんのりと明るい若草色を帯びた甘いフレッシュな十割そばが提供できるというのだ。しかも三期作(春、夏、秋)で収穫できる方法を考案したというのだ。

「そばは75日というでしょ。うちでは春そばは65日、夏そばは55日、秋そばは70日で収穫できるんです。すごいでしょ」

 農薬は使わない。独自の作付け方法を考案したというから驚きだ。旨いそばを提供できると確信を持った石井社長は、地場の農協や農業関係者などに掛け合い、秦野の横野地区や三廻部(みくるべ)地区に7000坪を優に超える農作地を購入し、畑として開墾し、そばの生産を開始したという。

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麦畑の反対側には、そば畑が広がり、春そばの白い花が一面に咲き乱れていた

 さらに、通常、三たて(引きたて、打ちたて、茹でたて)がよいそばの基本とされているが、「丹沢そば」ではさらに玄そばの「剥きたて」を加えた四たてを行い、そばの水分保有量をコントロールすることで、旨い十割そばを作るように細心の注意を払っているという。

 そして、そばの生産にかかわる農業従事者を丹沢そばアカデミー生として募集し、2年間の農業実習で農業者資格の推薦が受けられ、その後2年間農地を貸し出して生産を行えば、農地を購入する資格を得ることができるという。地場の農業生産者を育成し、同時にそばの収量を上げていくという作戦である。秦野産のそば収量の7割が石井社長の関連農場での生産になっているというから驚きだ。

「秦野に奇跡のそば畑をつくった男」

 なんだか、テレビ東京の人気番組「カンブリア宮殿」に出演してもらいたい位、話が大きくなってきた。「秦野に奇跡のそば畑をつくった男 石井勝孝」みたいなタイトルでお願いしたい。そして、石井社長はまたさらにたたみかけてきた。

「そして、この十割そばを高級品としてだけではなく、大衆そば製品として広く消費者に提供することが、自分の使命だと考えています。高級車としてだけじゃなく、大衆車として広く愛されるようにね。そのためには地元が自分をもっと上手く使ってほしいと思うわけです」

 しかし、石井社長はバイタリティにあふれる漢だ。30分程度の取材の予定がすでに2時間を超えてしまった。帰ろうとすると横野地区や三廻部地区のそば畑を是非みていってくれと促され、そばアカデミー二期生の小野茂さんの運転・同行で石井社長と出かけることになった。

 秦野は新緑の季節である。横野地区の小麦畑は収穫時期を迎え金色に輝いていた。その隣に広がる石井社長が作付けしたそば畑は、対照的に白いそばの花が一面に咲き乱れていた。圧巻の光景である。

三廻部地区にもそば畑が広がっている。東側に広がる風景には遠くに江の島、大島まで見渡せる

「金麦っていうけれど、うちのそば畑も大切な金畑です。地元の誉れですよ。誇りにしたいですね」と石井社長はつぶやいた。

 秦野の山の地形がそば生産に適しているのかもしれないという。北に丹沢山系、西に尾根がせり出し、東側が相模湾まで広がっている。その囲まれた山懐には霧がよく発生し、日照時間が長く、気温の日内変動が大きい。ある意味、霧下そばの要素を持った地域といえる。

 三廻部地区の畑にも連れて行ってくれた。第二東名のインターチェンジの工事が真っただ中だ。その土地は標高も高く、空気がひんやりとしている。開墾したばかりの畑にはそばの小さな芽が育っていた。

三廻部地区はそばの生産には最高の土地だと石井社長はいう
そば畑から北を望むと丹沢の山並みと西に尾根がせり出している、まさに秘境のようである