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2020/06/15

ヤクザ記事のタブー

 毎月ヤクザ記事を作っているうち、なにを書いたらオーケーで、なにに触れたらトラブルとなるのか、その基準がだんだん分かってきた。自分の親分や組織を批判するのがタブーであることは前述したが、この他、御法度の表現がいくつかあった。それらはすべてヤクザとしてのメンツを傷つけるもので、具体例をあげれば、逃げた、泣いた、弱い、日和(ひよ)った、詫びを入れたなど、暴力的劣勢を明確に示す言葉である。表面上、強固な団結力をウリにしているだけに、烏合の衆、バラバラ、寄せ集め、裏切り、裸の王様などもNGワードだ。

 便利な言い換え用語も知った。たとえば逃げると書くのは名誉を傷つけるが、「体を躱す」と書けばそれは戦略的撤退となり、勝利のため、一時的に移動したニュアンスに変わる。懲役には枕詞のように「余儀なくされる」が付いてくる。ヤクザである以上、組織のために犠牲となるのは、やむを得ない税金であるということだ。

 語尾で徹底的に断定を避けるのも、暴力団記事の特徴だろう。

〈一部ではそういう噂も多いはずに違いないと聞いている……〉

 さすがにこんな極端な使い方はしないが、曖昧さを表す言葉をあえて二重三重に使うのは日常的なテクニックとされ、『実話時代』編集部でも徹底的に教え込まれた。とにかく核心をぼかす。断定は避ける。それがコツといえばコツだろう。

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勝ち負けを書くのはもってのほか

 たとえば、抗争事件でも実際は明確な勝ち負けがあるが、それは書けない。暴力団抗争はよほどのことがない限り、適当なところで仲裁が入る。負けたと書かれれば組織の看板に傷が付き、おマンマの食い上げだ。抗争のあとも、負けた側は暴力団として存在し、カタギを恐怖させ続けねばならない。

 マスコミが黙ってさえいれば、暴力社会の事情が一般人に漏れることはないのに、自分たちの暴力的劣勢をマスコミに書かれては困る。闇は闇のまま、光を当てる必要はないと暴力団たちは考えている。そのため実話誌では、前記のような、日本語としてとりあえずは正しいが、内容がさっぱりわからない文章ができあがる。