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札幌・円山動物園 “ちょっと退屈”していたオランウータンと人間との「信頼の物語」

札幌・円山動物園 “ちょっと退屈”していたオランウータンと人間との「信頼の物語」

円山動物園・オランウータンの物語 #1

2020/06/14
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世界的にもほとんど例がない「計画」

 その過程で李の中に、ある計画が芽生えた。それはレンボーが妊娠した際には、「無麻酔での超音波検査により、胎児の様子を観察する」というものだった。猛獣であるオランウータンを相手に、妊娠中というデリケートな時期に超音波検査を、しかも無麻酔で行った例は、日本ではもちろんなく、世界的に見てもほんの数例である。

 その計画を李から打ち明けられたとき、境獣医師は「技術的には問題ない。妊娠鑑定までできたら素晴らしいな」と思ったというが、当然、大きな懸念もあった。

「まだ僕自身、オランウータンに慣れていなかったこともありますが、やはり“本当に安全に超音波を当てることができるのか”という不安はありましたね」(境獣医師)

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母の眼差しはどこまでの優しい

 李はその不安を見越したかのように、ドイツから帰国して以来、獣医師の安全を確保したうえで超音波検査ができるように具体的な手順に沿ったトレーニングを積んできたことを明かした。その内容は次のようなものだった。

 まず檻越しに飼育員の“アップ(立って)”の掛け声でレンボーを立たせる。次に“ベリー(腹)”の掛け声でお腹を突き出して、バンザイの体勢を取らせる。その際、両手と鉄柵の間に塩ビ菅を挟んで握らせる。それから“マウス(口)”の合図で、ターゲットとなる棒に口をつけてもらい、体勢を維持している間に、獣医師が超音波検査の器具を扱う――。

「塩ビ管を握らせることで、不意の手の動きを抑えられますから、獣医師の安全を確保し、器具を取られたり、壊されることを防げます。実は検査機器の先端部、超音波プローブ(探触子)は、すごく高価で100万円以上するんです(笑)。トレーニングでは、玩具の木琴のバチの先端部分が、プローブにそっくりだったので、それを使っていました」(李職員)

目に入るものすべてが興味の対象

 これらのトレーニングは、レンボーの自由な意思により行われるよう、行いたくない時は自分の部屋にいつでも戻れる環境下で行われたという。それでも週1回のトレーニングの成果は目覚ましかった。

「例えば、私が『お腹に器具を当てたとき、1分間体勢を維持するようにできるかな』と李さんに頼むとしますよね。そうすると次の週には、きっちりできるようになっているんですね」(境獣医師) 

 一方の李はこう語る。

「ロボットではなく、意思のある生き物ですから、昨日までできたことが、今日できないことは普通にあります。超音波検査とか、結果を残したいという思いはこちらの都合。ついガッカリしそうになる場面もあるんですけど、大事なのは目的とプロセス。なぜトレーニングをするのか、彼らが動物園で安全に暮らすために必要だからですよね。彼らと接するときはいいことも悪いことも、こちらが考えていることは少なからず伝わっていると感じています。動物のために実施するということを忘れてはならない。明確な目的と適切なプロセスがあっての結果なんだ、ということをオランウータンを通じて学んでいます」

撮影/伊藤 昭子

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