スペインを代表するスター、アントニオ・バンデラス。ハリウッドでも活躍する彼が、故郷の盟友ペドロ・アルモドバル監督の『ペイン・アンド・グローリー』(6月19日より全国順次公開)で、昨年、カンヌ国際映画祭の男優賞を受賞した。米アカデミー賞など多くの映画賞候補にもなったこの映画でバンデラスが演じるのは、世界的な映画監督サルバドール。脊椎を痛めて半引退状態にある彼は、昔撮った映画の上映会をきっかけに人生を振り返ることになる。過去と老いに向き合う男の揺れ動く心理を、真摯かつ滑稽に浮かび上がらせる演技は素晴らしい。驚いた事に、個人での主要な映画賞はこれが初めてだと言う。
「40年もこの仕事をしてきて、初めてもらった大きな賞なんだ。若い頃から一切、賞というものに無縁だったから嬉しくて仕方がないよ。これは純粋にペドロのおかげだ。僕が演じた映画監督はペドロの分身だからね。実在の人間を演じることは少なくないが、その人物が目の前にいて僕のことを演出するなんて、とてもシュールな経験だったよ。でもそれは僕の人生において、最も輝ける、美しい瞬間でもあった。こんな経験はそうは出来ないだろうと思う」
背中の痛みからドラッグや鎮痛剤に依存してしまう、サルバドールの苦しみも映画は描いている。
「何かの依存症、中毒になるということは、誰の人生にでもあり得ること。特に問題を抱えているときにはね。僕だってそうだ。いま僕は自分を取り戻すことの中毒になっている、と言えるよ。リハーサル中、ペドロに『この映画が終わったら、新しい自分を見つけているはずだ』と言われたが、その通りだった。言葉にしにくいけれど、撮影中、すごく解放されたと感じる瞬間が何度かあったんだ。新しいアントニオ・バンデラスに出会えた気分だね。それこそ俳優業の醍醐味であり、やめられない理由だよ。でもこの映画のテーマは中毒ではない。自分の過去、場所、映画、そして愛した人々との和解が描かれている。そこには痛みが伴うけれど、だからこそ観る人の共感を呼ぶんだと思う」
バンデラス自身、2017年に心臓発作を経験。残された時間の大切さに思いが至ったときに、この映画の脚本をアルモドバルから渡されたと言う。アルモドバルの『神経衰弱ぎりぎりの女たち』『アタメ』などで脚光を浴び、90年代には『マスク・オブ・ゾロ』をはじめハリウッドでも成功を収めたものの、女優メラニー・グリフィスとの結婚と離婚や、キャリアの低迷など、彼自身も多くの“痛みと栄光”を経験している。
「僕らはまるでレッドカーペットの世界に住んでいると思われがちだが、実際には犠牲も払っているし、痛みもある。どんな俳優だって苦しみを抱えているんだ。でもその先に、こんな栄光が味わえる夜もやって来るんだから、まだまだこの先が楽しみだね。ただし興奮しすぎると、僕の主治医はヒヤヒヤしちゃうだろうけど(笑)」
Antonio Banderas/1960年、スペイン・マラガ生まれ。1982年、アルモドバル監督の『セクシリア』で映画デビュー。以降、『私が、生きる肌』など8本のアルモドバル作品に出演。
INFORMATION
映画『ペイン・アンド・グローリー』
https://pain-and-glory.jp/