将来の結婚をちらつかせて夫と離婚させた末に同居し、カネを騙し取っていた原武裕子さん(仮名)に対して、松永太の態度が豹変したのは、1996年10月下旬のことだ。
松永と緒方純子の第2回公判での冒頭陳述において、検察官は以下の言葉で当時の状況を再現した(冒頭陳述の引用は〈 〉内に記載)。
態度を豹変させ、本性を剝き出しに
〈夕方ころ、『曽根アパート』(仮名)において、同被害者(裕子さん=公判では「被害者乙」との呼称)に対し、いきなりその顔面を平手打ちにし、その髪の毛をわしづかみにして振り回し、その着衣を引きちぎるなどの暴行を加え始め、態度を豹変させて本性を剝き出しにした。
そして、被告人緒方も、その間、上記共謀の下、被害者乙に対し、「抵抗しない方が良いよ。」と言って突き放すなどして、同被害者の抵抗意欲を阻害し、これに加勢した。
引き続き、被告人松永は、そのころから翌日早朝ころまでの間、『曽根アパート』において、被告人緒方に命じて、電線に金属製クリップを装着させた電気コードを用意させ、同クリップで被害者乙の指、腕、脇の下及び耳等を順次挟ませた上、同被害者に対し、延々と、その身体に通電させる暴行を加え続けるなどした。
これに対し、被害者乙は、被告人松永の豹変ぶりに驚愕・混乱させられ、また、通電の際の強烈な痛みに激しいショック状態となり、加えて、いつ終わるとも知れない通電への恐怖感からパニック状態となり、以後、抵抗不能状態に置かれた〉
事前に器具を用意していた“通電”による虐待
裕子さんと同じく監禁致傷の被害者である少女・広田清美さん(仮名)やその父・広田由紀夫さん(仮名)に対して、かつて行われていたのと同じ“通電”による虐待がここでも登場する。裕子さんへの暴行を始めて、すぐに器具が出てきたということは、松永と緒方がその日に使用することを想定して、事前に用意していたということだ。
冒頭陳述によれば、松永は裕子さんに暴力を振るうようになってから、それまで『片野マンション』(仮名)で生活させていた少女・清美さんを、裕子さんがいる『曽根アパート』に連れて来たという。そして清美さんを裕子さんと一緒に四畳半和室に閉じ込め、外側から南京錠で施錠し、寝起きをともにさせていた。このようにして清美さんに、裕子さんの行動を見張らせていたのである。同時に裕子さんと3歳の娘を引き離し、娘を緒方の手許に置くことで人質にした。