昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載完全版ドキュメント・北九州監禁連続殺人事件

2020/07/14

genre : ニュース, 社会

長男・次男の実名が出たことに抗議した緒方

 これらに被告人のふたりを逮捕した経緯などを加え、1時間あまりかけた検察側の冒頭陳述は終了した。すると、緒方が手を上げて発言を求める。

「どうして私の子の実名が出なければならないんでしょうか。被害者の方は名前が伏せられています」

 冒頭陳述で「被告人両名の身上、経歴等」について触れた際に、彼らの長男、次男の実名が出たことに抗議の声を上げたのである。その緒方の言葉を受け、すぐに松永が「子供のことについて、純子が言うように問題があるんじゃないですか」と大声で追従した。

「初めて見せた“親の顔”」西日本新聞2002年8月1日朝刊より

 ふたりの弁護団が、被害者が匿名となるのと同様、子供についても配慮すべきだと抗議するなどした結果、裁判長は「これからは長男、次男とします」と新たな方針を表明した。

裕子さんによる調書類については「不同意」

 その後、検察側が申請した証拠書類について、弁護側が被害者甲(清美さん)による供述調書などは「同意」とし、被害者乙(裕子さん)による調書類については、その多くが「不同意」であるということを示した。

 最後に、次回の第3回公判は10月7日の予定であると日時を指定してから、午後5時25分に裁判長が閉廷を告げた。

朝日新聞(西部本社版)2002年8月1日朝刊より

 同公判が終了したとき、刑務官に手錠をかけられた緒方は、先に立ち上がって出口に進む途中で、まだ座っていた松永の目の前に顔を近づけ、「大丈夫?」とでもいうような笑顔を見せた。それから弁護団の前を通る際にも、なにかを語りかけると、ふたたび笑顔を見せた。第1回公判の終了時と同じく、いくぶんこわばった表情の松永と、笑顔を見せた緒方の姿は対照的だった。

 この段階でふたりは、捜査員による殺人容疑の追及について、依然として“黙秘”を貫いていた。

この記事の写真(7枚)

+全表示

ツイッターをフォローして最新記事をいち早く読もう

文春オンラインをフォロー