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後頭部にピキッ!「OL委員会」の清水ちなみが語る「出産の3倍痛い」くも膜下出血の顛末

「OL委員会」の人気コラムニストが忽然と姿を消した理由 #1

2020/06/30

8000人にまで増えた「OL委員会」

 これは私の会社だけの珍しい現象なのか、どこも同じようなものなのか? 知りたくなった私は、会社のFAXを使って、何十人もの友達にアンケートを送りつけました。友達は返事をくれたばかりでなく、面白がって自分の友達にも送ってくれました。やっぱりみんな、会社のおじさんたちのことを不思議なものだと思っていたのです。

 集まった回答があまりにも面白かったので、みんなにも見てもらおうと思い、知り合いを通じて『週刊文春』に持ち込んだところ、あっという間に連載が決まりました。

 そして連載が始まると、どんどん人数が増えてアンケートは郵送にしました。印刷代や郵送代は、最初は自己負担でしたが、そのうちに『週刊文春』が負担してくれるようになりました。OL委員会はどんどん巨大化して、最大で8000人まで増えました。

 急に忙しくなった私は、会社を2年足らずで退社して、『週刊文春』以外でも仕事をするようになります。昼は取材を受けたり打ち合せしたり、夜はアンケートを読んだり雑誌の原稿を書いたり、OL委員会の会報を作ったり……。

 本もいっぱい書きました。たぶん100冊以上です。『サルでもできる料理教室』『仮定の医学』『大えっち』『大失恋。』『史上最低元カレコンテスト』など。テレビやラジオにも出たり、社会党に呼ばれて候補者の服装について話したり、『週刊文春』のグラビアで「顔面相似形」の記事を作ったりもしました。

「おじさん改造講座」はテレビドラマや映画にもなりました。『大失恋。』も映画化され、元SMAPの森且行くんや武田真治さんなど役者さんも盛り沢山でしたね。

映画『大失恋。』(1995)は森且行、武田真治のほかにも、 西島秀俊、鈴木京香、山口智子など超豪華キャストだった

 当時は、お腹が空くと夜の街に出かけていき、大量に飲み食いしました。当然、睡眠時間はとても短かった。いつ寝ていたんだろう?って感じですが、昔の日記を見ると、1回1時間の打ち合わせを45分に短縮して、時間をやりくりしていました。

38歳になると、無理がきかなくなるように

 そのうちに子どもが生まれると、私の睡眠時間はさらに削られましたが、それでも以前と同じくらいの仕事量をこなしました。でも、ふたりめが生まれると、38歳になっていた私は、もう無理ができなくなりました。血圧が急激に上がったのです。

 主な原因は遺伝でしょうね。父も、父の母ももともと高血圧で、脳梗塞で若くして亡くなっています。ただ、私自身はずっと低血圧でした。貧血で時々倒れていたくらいです。それが2度目の妊娠で急激に血圧が上昇して、出産後も戻らなくなりました。たまにそういう人がいるみたいですけど、結局、仕事もお酒もやり過ぎたということでしょう。