つくりあげたイメージ
加納のイメージを確定させるため、細かい設定も考えた。たとえば携帯電話を持たず、気の向いたときだけ編集部に連絡がある、とした。当時、加納はポケットベルを所持しており、携帯が普及してからはそれを肌身はなさず持っていた。それでは謎めいた雰囲気が出ない。
暇つぶしに通う店にも、こだわりがなかった。これも改変して伝えた。行きつけの店はデニーズやウェンディーズ、ミスタードーナツなど、割安でコーヒーが飲める店だ。それではなんらミステリアスに感じない。やはり愚連隊の帝王たるもの、昔なじみの喫茶店に通い、サイフォンで淹れたコーヒーを飲んでこそ様になる。「可愛らしさ」を「暴力」に置き換え、若い女性ではなく年寄りのジジィを売り出すのだ、と考えれば、アイドルを売り出すプロデューサーの心境と同じだ。
イメージ作りは、加納のおかげもあって成功した。加納はすべての連絡を私経由にするよう指定したため、誰も加納の実像を知らずに済んだのだ。おかげでメッキが剥がれなかった。加納の神秘的なイメージはどんどんふくらんでいった。
愚連隊の帝王が悩める少年少女のよき相談相手に
ある程度認知されるようになると、ときおり新宿などで話しかけられることもあったらしい。加納は外面(そとづら)がすこぶるいいから問題なかった。話しぶりは穏やかで、口数は少ない。薄くなった髪をオールバックにまとめ、髭だらけの顔で笑っている。
「あぁ、そうかい。『BULL』を読んでくれてるのかい。ありがとう」
優しい言葉を掛けられた読者は、いっそう加納のファンになっていった。加納は芸能人のように自分のサインを持っている。ノートや色紙にサインをしてもらった人もいたという。
加納の認知度は日増しに高まり、予想以上の需要を生んだ。ある程度まで認知された時点で、伝説は一人歩きをはじめた。暴力団ではない、という大義名分のためか、あちこちの雑誌からも引き合いがあった。人生相談のページをくれた雑誌もあった。
愚連隊の帝王と呼ばれたカリスマは、謎めいた生活を送っていて、歯に衣着せぬ毒舌を売りに、悩める少年少女たちのよき相談相手になる。その設定だけで、アウトローを題材とした雑誌には十分価値があったわけだ。