新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、長年ヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは―― 著作「潜入ルポ ヤクザの修羅場」(文春新書)から一部を抜粋する。

 筆者が、かつてヤクザからも一目置かれていた伝説のアウトロー・加納貢との付き合いを述懐する。

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自称・加納の女

 すべてが嘘だったわけではない。

 かっこよくいえば、「愚連隊の帝王」加納貢の本質は自由と反骨精神にあった。人生をファンタジーに昇華できたのもそのおかげである。だが、この理想が綺麗事すぎて、すこぶるたちが悪い。というか、青くさい。あまりに理想主義的で、現実を生きていく力がないのだ。

 特定の女を作らず、家庭を持たなかったのも、加納が束縛を嫌ったからだった。言い換えれば、加納は責任を持ちたくなかった。実際、彼は生涯独身を通し、家族を持たずに死んだ。にもかかわらず、我が家に来ると『渡る世間は鬼ばかり』を欠かさず観ていた。家族を捨て、家族を持たなかった加納が、家族内のゴタゴタをテーマにしたホームドラマにはまっていたのは、不思議な光景だった。

若き日の加納貢

過去の女性関係を探る

 ネタにつまって加納の女関係を調べようとしたことがある。手伝ってくれたのはボタンヌのママだった。ママは以前加納とつき合っていた女性――P子さんを紹介してくれると言ってくれた。約束を取り付けてボタンヌに出かけると、なぜか加納が店に来ていた。邪魔をしにきたのは明白だった。

 加納に聞こえないようママに耳打ちした。

「P子さんが来る日にちをずらせませんか?」

「なんで?」

「だって加納さんがいれば、ほんとの話なんてしないでしょう」

「じゃあどうするの?」

「今日のところは加納さんを騙します」

「私にはちゃんと人間の底が見えるのよ。何十年新宿で商売してると思うの。あんたは小悪党ほどもいかない。そんなことしても加納さんには通じない。さっさとトイレいって鏡をみてごらんなさい。ぎゃっ、はっ、ほっ」

©iStock.com

 ママは空手なのか、少林寺拳法なのかわからぬ仕草で私をどやしつけ、今度は加納の横に座った。

「あらみっちゃん、今日はジュース? ちょっとは売り上げに貢献してくれないかしら。ほら、ボタンとれてる。脱ぎなさい。うちは店がボタンなんだから。ぎゃっ、はっ、ほっ」

「ああ……」

 加納は言われるまま上着を脱いだ。

「鈴木君! トイレ、早くGO!」

 トイレに行っている間、ママは加納を説得してくれていた。加納は頑強に女関係を調べられるのは困る、と渋ったらしい。私がトイレを出ても話が付かなかったようで、ママは片目をつぶり、片手をあげてちょっと待て! のポーズをしたあと、カモン! と人差し指をクイクイさせた。

「あんた、寿司買っといで!」

 戻ってくるとおかあさんは、「ずっとお願いしたんだけど駄目だった」と肩を落とした。結局P子さんには会えずじまいだった。