実弟から届いた手紙には深刻な現実が
「加納貢様
このまま返済をせずにいると、担保にしている土地と建物(加納の生家)を競売するよりしかたがありません。その場合、おそらく貸し付け額の3分の2の返済にしかならず、全額返済とはならないと思います。残金は保証人である弟――私に返済を要求してきます。
その時に俺の収入では到底返済は不可能で、自宅を売却するより仕方ない。その時は税金の関係もあり、少数のものしかなくなり、生活も困難になる。
俺の生活も考え、早急に銀行と相談して、任意売却をして返済してくれ。Hを転居させたことでもう父への孝行は済んだと思います。
決めた夜の 眠りは深し 小正月
自宅を売却するため、不要なものの整理に入ります」
加納はその一生で、本来の相続分を遥かに超え、実家の資産のかなりを食いつぶしたのだ。のち、都営バスで偶然実弟と出くわしたが、加納はそれを後から私に告げた。
「さっき一番前に乗ってたヤツがいただろ? 弟だ」
「えっ、覚えてませんよ。なんで今頃そんなことを言うんですか? 会いたかったなぁ。若いときの写真もあったろうになぁ」
「なにを話せばいいんだよ。いまさら……」
その後、加納はどこで知り合ったのか分からぬ女詐欺師の家に転がり込んだ。女詐欺師は最初、小滝橋近くのマンションに住んでおり、その後、東中野の一軒家に転居した。女詐欺師には学校に行く前の男の子がいて、加納はその子守をする代わりに、詐欺師の家の鍵を手に入れたらしかった。
マンションから運んだ荷物は、そのほとんどがファミリーレストランのテーブルに置かれた紙のランチョンマットだった。その裏には競輪場からもらってきた鉛筆で、ぎっしりと政治談義や人生論が書き込まれていた。
「これを出版したら大金持ちになる。一枚も捨てるなよ」
私はそれを乱雑にゴミ袋にしまい込むと、半分以上燃えるゴミに出し、残りの数個を詐欺師の家に運んだ。
身近な人間ほど大きな被害を被った
この女詐欺師は、加納の元舎弟から数百万円の金をだまし取って逃走した。明らかにうさんくさいこの女の仕事を、加納は自分の名前で担保した。最後まで加納は周囲に迷惑をかけ続けた。関係が近い人間ほどその被害は大きかった。
この事件によって誰も加納の面倒をみる人間がいなくなり、生活の面倒を見ていた元舎弟も、加納と距離を置くようになった。私の経済的負担は一挙に増加した。最後、歌舞伎町の事務所に加納を引き取ったのは前述した通りである。ホテルに泊まる金がなければ路上に寝るだろう。それはさすがに不憫だったのだ。