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2020/07/12

裏社会のドン・キホーテ

 “顔”を生活の糧にした愚連隊の帝王は、その活躍を知っている人間が死に絶えたあと、寄生する基盤を失った。昔ならどこに行っても飯はタダだし、小遣いだってもらえたが、息子の代になれば過去の栄光は通用しない。私を媒介にして自分の人生を切り売りして生きて行けたのは幸運だったろう。それさえも叶わず、ひっそりと死んでいくアウトローたちはたくさんいる。

 現実にはあり得ない理想を、生涯をかけて追い求めたのだから、激動の昭和を生きた裏社会のドン・キホーテと呼んでもよかった。現実社会ではあり得ない理想を追い求めた加納。ならば槍を抱えたままボロボロになって死ぬべきで、病院の豪華な個室で、みんなに手を取られ、お涙頂戴で死ぬなんて加納らしくなかった。孫ほども年齢の違うガキに「醜い」と断言され、歌舞伎町の安宿でひとりのたれ死んだのだから、加納の伝説は見事に完結したと思う。

©iStock.com

 かっこいい理想を口走り、それを最後まで貫くなら、孤独な最期が待っている。加納の死は、その事実を私に教えてくれる。

 無責任と紙一重だった愚連隊のスター。

 その最期を見届けて、私は急激に暴力団に惹かれていった。社会にとって害悪でも、身内の生活のために犯罪をしているなら理解しやすい。私は暴力団をはぐれ者の互助会と捉えていたのだ。

加納が最後まで私に伝え続けた言葉

「暴力団には近づくな。絶対に深入りするな」

 最後まで加納は私にそう言っていた。

 が、実体験でいえば、暴力団のほうが圧倒的にまともである。トラブルになっても、まだ話が出来る。

 知り合いのカメラマンが恐喝されたときのことだ。モデルとなった人間が、写真の二次使用に不満を持ち、そのトラブル解決を右翼団体構成員に委託した。右翼に頼む時点で完全におかしな話で、知り合いから相談され、「警察に言うべきだ」とアドバイスした。行き掛かり上話を聞くと、加納の親分筋にあった愚連隊の神様・万年東一の後継者の構成員で、とりあえず話だけしてみようと思い、加納と一緒に歌舞伎町の喫茶店に出かけた。

 相手は運転手付きで現れ、一言も喋ろうとはしなかった。私の正面に座りながら、話しかけるたびに運転手が怒鳴るのだ。

「お前みたいなヤツが直接話しをするんじゃねぇ!」

 恐喝のネタを横取りしようとしたと思われたのだろう。もちろん、身分は明かしていない。あまりに話にならないので、物別れに終わった。「これが愚連隊流儀ってヤツですか?」

 後ろの席に座っていた加納は、苦々しい顔で、一言も口をきかなかった。

 今、加納はあれだけ距離を保ち、「自分と親は別者だ」と力説していた実家の墓に、両親や兄弟たちと眠っている。

潜入ルポ ヤクザの修羅場 (文春新書)

鈴木 智彦

文藝春秋

2011年2月17日 発売

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