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「日本国紀を買うなんてありえない」“普通の人々”をいないことにする「マスコミの罪」

『ルポ 百田尚樹現象』著者・石戸諭氏インタビュー

2020/07/19
note

百田尚樹の特徴は「右派論客の自覚がないこと」

―――それによって、『永遠の0』の評価のされ方も変わっていきますね。

石戸 ルポ 百田尚樹現象』に書いているけれども、『永遠の0』に対しては当初、児玉清さんや瀧井朝世さんといった名だたる書評家が絶賛し、他の小説は小島秀夫さんのようなクリエイターが、みんな面白いと言っていた。

 百田さんの小説に否定的な評価が出始めるのは、百田さんがツイッターを始めてからです。あれで百田さんに対して世の中は「そういう人だったんだ」と気づいていった。 

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 ところがあれだけ強烈な右派イデオロギーを醸し出していて、ツイッターなどでは嫌韓・嫌中の言説をまき散らし、安倍政権にもっとも近い作家でありながら、百田さんには「右派論客」の自覚がまったくない。それが「百田尚樹」という人物の興味深いところでもある。 

―――百田氏からは本書に対して、どんな反応がありましたか?

石戸 百田さんは『ルポ 百田尚樹現象』についてツイッターで、自分について書いている部分は面白いと言っている。つまり「新しい歴史教科書をつくる会」運動の西尾幹二さんや藤岡信勝さん、小林よしのりさんが出てくる部分は面白くないと言っているわけです。

 百田さんはそういう人たちと比較されるのが嫌なんでしょう。本人もツイッターで書いていたように、自分は右派論客ではないと自認しているからですね。 

 僕は百田さんを取材した際、何回も言われました。「僕はエンタメ作家なんです」と。おそらくこの本では、論客としての部分にも着目されているというのが、心外なんじゃないですか。

「着脱可能」なイデオロギー

―――本書では、百田氏はイデオロギーが「着脱可能」、つまり小説ではそれを平気で捨て去ると指摘しています。

石戸 それができるのが百田さんの強いところなのだと思います。百田さんに批判的な人が、彼の最近の小説『夏の騎士』を読んだら驚くと思います。リベラルでフェミニスト的な考え方の人物が出てくるし、差別や偏見に立ち向かう人物も出てくる。

 それは一見すると百田さんがふだん言っていることとつながらないように思える。だけれども彼の中ではそこに矛盾はない。そうしたほうが面白さや読み応えがあると思っているから、そうした人物を書いているわけです。

 

日本国紀』の読者にしても、小説から入ってきた人たちが一定数いるでしょう。ストーリーテラーとして人々を魅了する作家なので、百田尚樹が書いたから読むという人たちがいるわけです。この本を買うのは“ネトウヨ”だと思いがちだけど、百田尚樹が好きという人のなかにはイデオロギーで好きなんじゃなくて、「百田さんは感動する物語を書くよね」という感じで読む人たちがいるんです。