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「日本国紀を買うなんてありえない」“普通の人々”をいないことにする「マスコミの罪」

『ルポ 百田尚樹現象』著者・石戸諭氏インタビュー

2020/07/19
note

―――メディア側は「普通の人たち」をどう見ているのか。

石戸 僕も含めてですけど、メディアで働いている人たちは社会全体からみれば少数派です。「百田さんの本を買った人に会ったことはありますか?」と聞けば、ほとんどの人は会ったことがないと言うと思います。「あなたのまわりに小池さんに投票した人はいますか?」「安倍さんを支持する人はいますか?」というのと同じで、これも少ないと思いますよ。

 だからそれらを支持する人たちが見えていない。つまり「普通の人」が見えていないし、自分と違う価値観の人々が世の中にいるということに気づきにくくなるんです。 

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「そういう人、本当にいるの?」って思う。なにも知らずに騙されている大衆がこんなにいると思ってしまうわけです。知ろうとするには「力」がいります。取材もせずにネットにあがった記事を読んで、コメントするのはとても楽です。 

 

 橋を渡って、向こう側から見れば、百田尚樹を買う、原作映画を見る理由もあるわけです。小池百合子に投票する理由もちゃんとあるのでしょう。「読みやすいから」という理由で百田を買う人たちは世の中には大勢いるし、「小池さんは頑張っているから」といって投票する人も大勢いる。

 そういう大多数の「普通の人たち」が事実としているということを知らないといけないけど、知る努力は足りないと思いますね。 

桜井誠の公約に見る、極右が「カネ」の話を始めた衝撃

―――それが見えていないメディアの状況をどう捉えていますか?

石戸 このままではまずいという思いはあります。ジャーナリズムは大切だ、活字メディアは大切だと言っているだけでは、大切だから大切なんだと言っているだけです。今、マスメディアにとって最も重要な問題は、マスメディアがマスの機能を果たしていないことにあります。本当のマスである「普通の人たち」にむけて、伝え方を工夫していかないといけないのにそうなっていないでしょう。 

 インターネットは特にそうですが、同じ考え方をする人たちが集まり、「あいつはおかしい」と言って、どんどん極端になっていく。やはり多様な「論」が交わっている状況をつくっておかないと、最終的に極化による強烈なしっぺ返しをくらうことになります。アメリカでトランプが大統領になってしまったように。 

―――極端な主張がポピュリズムと結びついていくわけですね。

石戸 僕が先日の東京都知事選で注目したのは、極右の桜井誠が都民税の減税を第一に主張したことです。4年前の都知事選で、彼は外国人生活保護の撤廃、つまり「在特会」の従来の主張を選挙でもしていた。それが今回、最大の看板を下ろして、カネの話を第一にした。彼は山本太郎のようにカネの話をするのが一番いいと思ったのでしょう。 

 以前、山本さん本人に取材しましたが、彼は原発よりもカネの話を第一にするようにしたと言っている。それは普通の人にはカネの話が一番刺さるからです。山本さんは山本さんで計算している。 

 桜井さんがそうであるように、今後、さらにカネの話と極右的な考え方が結びついていき、その主張の仕方もより洗練させていく可能性があると思います。小池さんでいえば、今回「夜の街」を強調することで、「夜の街」対「普通の都民」という構図を作って、自分は「普通の都民」の味方であると見せていた。 

 この本でも書いたように、ポピュリズムそのものは否定しませんが、調達されたエネルギーがどこに向かうのかは常に注視しないといけません。危機の時代ほどポピュリストたちは生き生きしますから。 

 

写真=松本輝一/文藝春秋

「日本国紀を買うなんてありえない」“普通の人々”をいないことにする「マスコミの罪」

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