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「初見でホームランを打っちゃった」藤井聡太、戴冠への道中で何が起きたのか

「初見でホームランを打っちゃった」藤井聡太、戴冠への道中で何が起きたのか

将棋記者が目撃した、天才・藤井聡太の進化 #1

2020/07/23
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名人との対局でも、勢いに力を借りない

 藤井聡太少年が「詰将棋解答選手権」で初優勝したのは、小学6年生のときのこと。それから2019年の第16回大会まで5連覇しているわけだが、その詰将棋の力が藤井聡太棋聖の将棋の強さだとは、お三方とも言及しない。むしろ、そこではないところに「藤井聡太の強さがある」とした点が印象的だった。具体的なシーンや印象に残る対局など挙げてもらいながら、より掘り下げてもらうこととしよう。

小島 私がすごいなと思ったのは佐藤天彦名人(当時)と朝日杯将棋オープン戦で対局したときです。

――2018年1月14日、朝日杯将棋オープン戦の本戦トーナメント2回戦で佐藤天彦名人に対して横歩取りの先手番で勝った対局ですね。どこが印象に残ったのでしょうか?

小島 勢いに力を借りないところです。そこがすごい。私のイメージにおいて、そこはずっと変わりません。

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第11回朝日杯将棋オープン戦では、本戦トーナメントで佐藤天彦名人、羽生善治竜王、広瀬章人八段を次々と破って優勝を果たした ©文藝春秋

――勢い?

小島 つまりとにかくパンチを浴びせていると、相手は守勢になるので間違えてくれやすい。実戦的に勝ちやすいんです。早指し棋戦だから余計にね。でも藤井さんはそういうことをしない。逆転勝ちを狙うときは別ですけどね。詰将棋が得意なら終盤が強いわけで、それだったら、最善じゃなくても難解ならさっさと終盤に持ち込んで、あとは力で勝負! そんな将棋にしてもおかしくないと思うんですけど、中学生の彼はそれをしなかった。

――指した手よりも、指さなかった手が印象的だと。

小島 そうです。相手は名人ですから、明らかにチャンスがありそうなときに踏み込まないと、そのままジリジリ圧されてしまうかもしれない――。そう誰もが考えそうなとき、そういう手を指さず、遊び駒を使ってじっと手を渡した。それが印象的でしたね。

ちょっと遠いところを見ている

 小島さんは、この佐藤天彦戦と同じような印象を今年行われた王位戦の挑戦者決定戦の対永瀬拓矢二冠戦や、渡辺明棋聖に完勝したヒューリック杯棋聖戦の第2局でも感じたという。

小島 ヒューリック杯棋聖戦の第2局で、自陣に打った△3一銀(将棋ソフトに6億手読ませると最善手として出現すると話題になった)が藤井七段じゃないと指せなかったのか、正直よくわかりません。あの受けが第一感だという棋士は、私の知る限り何人もいました。ただ、あの手がすごいというよりも、見送った手がすごいんですよね。水面下で読んだ変化を思うと、△3一銀の裏付けに重みを感じます。私は基本、棋譜しか見ません。その棋譜だけ見ていると、強い相手でも堂々と組ませて、間合いを測っているのがすごいと感じるわけです。

ヒューリック杯棋聖戦第2局での指し手は、プロの棋士もうならせた 代表撮影:日本将棋連盟

――間合い、ですか。

小島 自分より強い相手とやるときは、遠くから石を投げるか、バッと間合いを詰めて首を切るかという両極端の戦いしかできない気がするんですよ。普通は、強豪と将棋盤を前にして戦っているのは、ストレスだと思うんです。形勢は互角でも、何時間も相手の堂々とした姿勢を見ているうちに、最初に間違えるのは自分なのかなと妙に焦ってしまいがちでしょう。だからさっさと自分の得意分野に持ち込んでペースをつかんだほうが楽だと思うんだけど、それをしない。この一番の勝利、今の自分の強みとかを考えるのではなくて、なんかもうちょっと遠いところを見ている気がします。

「派手な手があっても、それを指さないのが印象的」というのは、「棋譜しか見ない」と言い切る記者ならではの、重みがあることばではないだろうか。