呼び名や風貌は昔からあまり変わっていない
この間、深く静かに潜航しつつも幾度か見せ場を作っている。
2003年 新人王戦ベスト4
2006年 年度勝率第2位(.750)
2007年 銀河戦ベスト4
2010年 竜王戦4期連続昇級で1組へ。七段昇段。「飯島流引き角戦法」で升田幸三賞を受賞
2012年 竜王戦本戦ベスト4。王将リーグ入り
われらが世代を代表する棋士となった飯島君であるが、親交のある棋士やファンからは気安く「栄ちゃん」と呼ばれている。呼び名や風貌は昔からあまり変わっていない。いつもニコニコ、庶民的で親しみやすい人柄。勝っているのに本命視されない男、ダークホースと呼ぶには好感度が高すぎる男、それが飯島栄治だった。
そんな飯島君が2016年度から3年連続負け越しという不振に陥った。1期でB級1組から降級、そして2019年度には不運な形でB級2組からも降級してしまう。すでにプロ入りから20年、彼も私も若くはなかった。われらが世代の限界を見るような、寂しい出来事であった。
あれ、飯島君、本戦に残っていたのか――。
気付いたのは2020年5月21日の昼頃だった。モバイル中継されていたのは王座戦挑戦者決定トーナメント1回戦。相手は羽生善治九段。説明不要のスーパースターとの対戦である。下馬評について云々するまでもない。しかし私は調べて驚いた。飯島君の不振は2019年の12月できっぱりと終わっていたのである。1月以降は実に14勝3敗。深浦九段、千田七段といった有力棋士を倒しての本戦進出である。彼は再び、深く静かに潜航していた。
投げきれないのだろうか?
この将棋は飯島君が序盤で工夫を見せ、微差ながらリードを奪った。終盤に入ると羽生九段が猛追。こちらも6連勝中と好調である。76手目、飯島君はじっと歩を打って守る辛抱。羽生九段は桂をタダで打ち捨てる意表の攻め。やがて飯島君の飛車を奪うに至り、私はついに逆転したと見た。飯島君は再び歩を打って守る辛抱。羽生九段は寄せに行く。追い込まれた飯島君は王手、王手で迫る。しかしこれは詰まない。羽生玉は上へ上へと自然に逃げ、103手目、遮るもののない大海へ逃げ込みを決めた。押し返すには駒が足りない。ここまでか。
2分後、飯島君は自陣に桂を打ちつけて王手をかけた。何だこれは。意図が分からない。投げきれないのだろうか? 羽生玉が突っ込む。飯島君は歩を連打してさらに呼び込む。そんな馬鹿な。敵玉を自ら安全地帯に呼び込むような手があるものか。持駒も全然足りないじゃないか。
ところが駒は盤上に落ちていたのである。まずは馬を召し取る。そして一発目の「魚雷」は敵陣深くに打ち込んだ角だった。これが馬になって自陣に引きつけられると、羽生玉の後方を包囲し、自由を奪ったのである。
逃げ切れないと悟った羽生九段は再び攻めに転じ、その合間に自玉を安全にしようと試みる。そこから終局に至るまでの飯島君は完璧だった。一手一手が物語る。伊達に20年もプロをやっていませんよ、と。
決め手は二発目の魚雷だった。124手目、奪った角を再度敵陣に打ち込む。会心の「遠見の角」。飯島君はついに不沈艦羽生善治を沈め、ベスト8入りを決めた。
モバイル中継が終局を伝える。そこには闘志みなぎる中堅棋士の顔があった。そうだよな。いつも目立っている必要はないんだ。深く静かに潜航し、大物を沈め、最後にグイっと浮き上がればいいんだ。
やっぱり君は強いじゃないか。今の手順、もう一度見せてくれよ、と私は久々に将棋盤を引っ張り出した。あのころの飯島少年が、また遠慮がちに笑ったような気がした。