覚せい剤の売人と接触
覚せい剤の密売は、飛田新地と太子の交差点から近い、とある通りで行われている。売り子がたむろしており、走って来た車に人差し指を立てて合図するからすぐに分かる。1万円で小分けされた覚せい剤、通称パケが買える。まるでドライブスルー感覚で、何度も掃討作戦が行われた。しかし、どれだけ取り締まりをしても、密売人はこの場所から離れない。
「ここに来れば一見でもシャブが買えると浸透しているから、移動するわけにはいかん」
のちのち当事者にオフレコ取材することが出来たが、この組は山口組内部の権力闘争に敗れ解散した。
覚せい剤に関して、日本の取り締まりは建前論すぎる。1990年代後半から、遅れてきた覚せい剤ブームがやってきたアメリカでは、深刻な社会問題となっており、覚せい剤であるメタンフェタミンは“メス”と呼ばれ、驚異的なスピードでコカインやクラックを駆逐した。取り締まりを繰り返してもいたちごっこで、強烈な依存症から立ち直るための離脱プログラムや、医療的に依存症を克服するための臨床研究が行われている。どれだけ量刑を重くしても、覚せい剤乱用者は減らない。たとえ死刑まで引き上げても、逮捕者はゼロにならない。麻薬・覚せい剤を根絶するためには、建前論だけで対処していても無意味だ。刑事罰より依存症克服のために予算を使うべきである。
現在、覚せい剤事犯によって刑務所に服役している受刑者は、かなりの数になっているという。裁判を傍聴すれば、その実態がわかるはずだ。暴力団たちは「半分以上がシャブや」と、体感している。再犯率も高い。受刑者に対する費用はすべて税金によってまかなわれる。悪質な犯罪者を刑務所にぶち込むのはもちろんだが、依存症を克服し、再犯を防ぐための取り組みが欠かせない。
覚せい剤売人との接触
西成にいると、覚せい剤が生活のすぐ近くで広く蔓延している事実に驚愕させられる。臭いものに蓋をしているだけでは、多くの犯罪者、言い換えれば犠牲者が出る。
こうした取材は、協力が得られないとはいっても、実話誌が「ついに成功! 密売の現場に極秘潜入!」などと値打ちをつけて煽り立てるほどは難しくない。売人とは案外、簡単に接触できる。当時、ネタ元にしていた売人は先輩ルポライターや朝日新聞の記者も接触していたし、彼自身が覚せい剤のユーザーとわかったので、新しい売人を捜そうとした。私が試したのは当時流行していたインターネットの売買だ。
その手の掲示板はすぐ見つかって、何人かにメールをした。一番信用できそうな人間と約束を取り付けた。
「西成は危ないからミナミまで出てきてくれますか?」
国道25号線沿いにあったファミリーマートが指定場所だった。カメラマンを待機させ、車で待った。売人は約束の時間、きっかりに来た。乗っていたスバルレガシィは他府県のナンバーだった。