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2020/08/11

政府に味方する世論をいかにつくるか

 52年の内調創設のメンバーの一人だった志垣民郎(1922~2020)は以後26年間勤務し、克明な日記をつけていました。志垣は2019年、その日記をもとに書き下ろした『内閣調査室秘録─戦後思想を動かした男』を上梓。志垣と交流のある私は編者としてかかわっています。20年5月4日、志垣が97歳で死去したため、遺言のような一冊になりました。

 日記の内容は同時代の『佐藤栄作日記』や『楠田實日記』などとも照合しましたが実に正確で、戦後の日本をたどる第一級の資料といえます。

 当時内調が最も重視したのは日本の共産化を防ぐことであり、志垣が担当したのは世論に影響を与える学者、作家、ジャーナリスト、編集者といったいわゆる知識人に研究を委託して研究費を渡し、政府に味方する世論をつくることでした。日記には対象者が実名で書かれ、その人物評も添えられています。

 志垣は初対面の政治家の第一印象も日記に記しており、そこに「凡庸」と書かれた佐藤栄作は、後に内調の知識人対策によって構築した人脈を自らの内閣(1964~72)で大いに活用し、ブレーン政治を開花させることになります。日本の非核三原則「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」は佐藤が六七年に表明したもの

 。私は新聞記者業のかたわら2009年から日本の非核政策について研究を始め、この国是はいかにしてつくられたか、政府を陰で支える知識人人脈はそこにどうかかわったのかを知るために、内調そのものを研究する必要に迫られました。そこで当時の内調の幹部を取材しようと志垣の自宅を電話帳で調べて訪ねた。それが志垣と私の交流の始まりでした。手前みそながら、拙著『核武装と知識人─内閣調査室でつくられた非核政策』はその研究論文を加筆修正したものです。

「必ずしも知り得たことをすべて流すのではなく……」

 現在の安倍晋三内閣も内調を重視していることはよく知られるところですが、歴代の総理がみなそうだったわけではありません。鳩山一郎内閣(1954~56)はソ連に接近したため、反共をポリシーとする内調には緊張が走り、鳩山の私邸に盗聴を仕掛けたという証言も伝わっています。田中角栄内閣(72~74)は知識人を重視せず、知識人らも肌合いの違う田中には批判的でした。

 内調と関係が密であった吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘らはいずれも親米でした。志垣日記によって内調から毎年三人の職員がCIAで研修を受けていたことなどアメリカとの関係の一端はわかりましたが、清張や吉原が追っていたCIAとの強い関係性はいまだに解明できていません。宿題は残されたままです。

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 現在の内調を取り上げ話題になった本もありますが、情報源やその意図がはっきりしないため、推薦するのは控えました。内調の弘報活動について書かれた創成期の内部資料にこんな一節があります。「事実に基礎を置くこと。必ずしも知り得たことをすべて流すのではなく、国家の立場から時と処を得て選択された必要にして充分な事実を流す意味である」。内調情報の扱いには、今も細心の注意が求められると思います。

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