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2人が珍しくビールを口にした夜

 2007年、大会史上初となる敗者復活枠からM-1優勝を果たしたサンドだったが、その予選中にも芳賀さんは東京へ駆けつけていた。勝負するネタに悩んでいた2人に、こう助言したという。

東日本大震災では復興支援でも活躍した 
©️時事通信社

「M-1の3回戦前日、浅草の演芸場で舞台があって、2人のネタを見た後に近くの居酒屋へ一緒に行きました。いろいろな話をしましたが、『M-1でやるネタ決めに迷っている』というので、『新しいネタも大事だけど、自信持ってるネタでもいいんじゃないの』という話はしました。お酒を飲まない2人なのに、珍しくその時だけは2人ともビールを2杯ずつ飲んでいた。いつもは僕が払うようにしていたんですけど、『先輩、今日は俺たちに払わせてください。やっとお笑いで少しお金を稼げるようになったんです。芳賀先輩にご馳走したかったんで』って言われたときは、すごく感動しました。2人の気持ちが嬉しかった」

 いまでは人気芸人として、テレビで観ない日はないほどのサンドだが、「高校時代から何も変わっていない」と芳賀さんは語る。

「“好感度が高い”とかよく言われるじゃないですか。でも、基本的には2人は何も変わっていない。よくメディアの方からも『高校時代の悪い話ないですか?』って聞かれるんですけど、本当にないんですよ(笑)。よく腐らないで芸人になったなって思います。

 あいつらは見た目もそんなによくないし、テレビタレントはできないと思ったんで、M-1で優勝した後に『ベースになるのはネタだから、ネタだけはいくら売れても手を抜くなよ』って言った。世の中に認められたのは、彼らのネタじゃないですか。そのあとに人間性が伝わったのかもしれないけど、『ネタのクオリティーだけは下げないほうがいい』って話をしました。いまでも彼らはそれを覚えていてくれて、『僕らはネタですから』って言います。テレビに出られなくなっても2人なら演芸場や営業で食べていける。本当にリスペクトしている、偉大な後輩ですね」

東京五輪聖火到着式で、聖火を手にするサンドウィッチマン ©AFLO

 芳賀さんの厳しい“芸出し”で鍛えられたサンドだが、実は仙台にはもう一人、サンドを支えた芸人の先輩がいた。後編で詳しく紹介する。

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