6月某日、緊急事態宣言が明けた東京の下町のとある昭和酒場で行われた作家角田光代さんと酒場詩人の吉田類さんとの対談。酒場への限りなき愛に溢れた対談「日本再生『酒場放談記』」は「文藝春秋」8月号に掲載された。今回、角田さんが対談を終えてのエッセイ「3カ月ぶりの世界」を寄せた。
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新型コロナウイルスの拡大防止のため、自粛要請が出されたのが4月7日だ。私が最後に友人たちと外食をしたのは3月26日。その後、自宅で友人と飲み会はしたが、4月7日以降はそれもなくなり、毎日毎日、自炊かテイクアウトした料理を食べ、酒を飲んでいた。ジムも休業、習いごとも休業。オンライン飲み会の誘いもあったが、やっぱり直接会って話したい私はそれらも断り、家の人と猫としか会話していない日々。
6月22日、電車に乗るのも3カ月ぶりなら、居酒屋の戸を開くのも3カ月ぶり。家の人と猫ではないだれかと話すのも3カ月ぶり。そんな記念すべき日の対談相手が吉田類さんとは、なんと私は果報者だろう。吉田類さんのことはもちろん一方的に知っているけれど、会うのははじめてである。
何もかもがひさしぶりすぎて私はふわふわした気持ちでいた。あれも話したい、これも話したいと思っていたけれど、言葉があんまり出てこない。約3カ月閉じこもっていたために、話すための勘所みたいなものが鈍っている。
対談原稿を見て愕然とした
この日ちょっと感動したのは、対談場所である居酒屋「みますや」さんに次々とお客さんがやってきて、7時過ぎにはほとんど満席だったこと。大勢が飲んでいる風景を見るのも3カ月ぶり。人が話し、酒を酌み交わす光景はなんとうつくしいのかと実感した。
私はこの日、とてもたのしく過ごし、たのしい気分のまま帰ったのだが、後日、対談原稿を見て愕然とした。私の発言が、ものすごくネガティブなのである。一言二言ではない、ネガティブの連発。たぶん違うニュアンスのことを言おうとしたのだとは思うが、言いかたがネガティブ。ショックを受けながら、ネガティブな表現を極力控えるように、原稿に手を入れねばならなかった。