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 同時に、そのネガティブを受けつつも、やんわりとポジティブに返してくれる類さんの言葉に胸打たれた。たとえばこの状況は「にっこりと受け入れて、立ち向かうしかない」。「どんなことがあってもこの店のような昭和酒場や大衆酒場は生き残ると信じているんです」、等々。酒を愛し、酒を愛する人を愛している吉田類さんの言葉を読んでいたら、実際に目の前で聞いていたときとはまた異なった感動があって、思わず落涙しそうになった。

吉田類さん ©文藝春秋

不要不急なことのなかにこそ……

 私の仕事はひとりでものを書くことなので、自粛要請期間も、大きく生活が変わったとは思っていなかった。けれども人に会わない、飲みにいかない、くだらないことで大笑いしないような日々に、知らないうちに疲弊し、気持ちがすさんでいたことに、この対談で気づかされた。不要不急なことのなかにこそ、私たちの精神を救うものがあるのだ。

 7月に入って、テイクアウト営業をしていた飲食店も通常営業を再開し、私の通うボクシングジムも習いごとも、ビニールやアクリル板の仕切りを取り入れ、体温測定や消毒の徹底などのあらたなルールを設けて再開した。私も外食、外飲みをそろりそろりと再開している。名前も知らないお店の人と会話をしたり、ジムの人たちと軽口をたたいたりすることが、こんなにも気持ちを軽くするのかと驚いている。一方で、儀礼的な会食や、いくのが不便な場所での会合は、まるでいきたくなくなった。一般的な意味とは異なる、個人的不要不急の基準が変わったのだろう。

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©文藝春秋

 とはいえ、もとどおりの日常はまだまだ遠い。いや、もう戻らないのかもしれない。でも、吉田類さんのようににっこり笑って立ち向かうしかない。あの日、あの店で、吉田類さんと話した時間は、私にとって大きなたからものだ。

 角田光代さんと吉田類さんの対談「日本再生『酒場放談記』」の全文は「文藝春秋」8月号と「文藝春秋 電子版」に掲載されている。

出典:「文藝春秋」8月号

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文藝春秋

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日本再生「酒場放談記」