セットで読むことをお勧めしたい
山口 美大受験と美大界隈のことを取り上げているのは同じですけど、描いている時代はかなり違っていますしね。私は美大生に取材したりしながら、まさに現在のことを描こうとしています。『げいさい』は時代設定が1986年のことですよね。私としては、1980年代の美大や美大受験、美術界隈の「リアル」を感じられたのはとても新鮮でした。
会田 そうか、30年以上も開きがあるのか……。時代差があることと関係するのか、ものごとへのスタンスもかなり違いますよね。『ブルーピリオド』は、基本的にすべてにおいてポジティブ。主人公の性格も、話の展開も、美大受験や東京芸大という存在に対しても、基本的には肯定的でしょう? まあ「アフタヌーン」というメジャーな雑誌で連載している作品だから、エンターテインメントとして成立させなければいけないという有形無形の要請もあるのかもしれませんが。
対して僕の『げいさい』は、主人公は二浪目なので、受験というものに懐疑的になってしまっている状態だし、東京芸大を中心とした日本の美術大学のあり方にもかなりネガティブなんですね。その中にも何か良さや楽しさはあることは、ある程度書いたつもりですが。
実際のところ、ポジティブな『ブルーピリオド』が人気を博すようになってから、美大を目指す人って増えたのでは? もちろん作品としてはそんなことを狙っているわけじゃないだろうけど、何らかの効果はありそうじゃないですか。
『げいさい』は、むしろ逆です。これを読むことによって、美大に行こうとしていた人が思い留まればいいくらいに思う気持ちが、作者たる僕にはありますね。
山口 『ブルーピリオド』も、美大進学推奨漫画というつもりはないんですけどね。ただ美術にかぎらず、すごく心惹かれる分野があるのなら、何だってやったほうがいいだろうし、そこで成功体験を得られれば言うことなしですよね、といったニュアンスは込めていますかね。
会田 ただ、創作の根本的な動機で、『げいさい』と『ブルーピリオド』は同じ部分も大きくあると思いました。山口さんは漫画、僕は小説を通して、美術や美大の世界を今よりすこしでもよく知ってもらいたい。そういう気持ちがまずはあるでしょう?
山口 それはたしかにありますね。漫画という分かりやすい入口から、美術の世界に触れてもらえたらとは思っています。
会田 美術のことを解説する評論的な本は世にたくさんあって、僕がそれを書いてもしょうがない。だから青春時代の出来事や恋愛なんかを絡めてお話として読んでもらって、美術のことを身近に感じてもらえたらと考えたのが、小説を書いた僕の動機のひとつです。
だから『げいさい』と『ブルーピリオド』は、セットで読むことをお勧めしたい。両方読むと日本の美術界、美大、美大受験のことをいろんな視点から知れて、時空的にも立体的に把握できますよ、きっと。