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急に自分がダサく思えたりすることがよくある

山口 二朗くんは東京の予備校に入って、他の人と比べたり講師に講評されたりして、自分の絵を急に素朴で粗野なものと感じ始めますよね。

「『早くみんなに追いつかなければならない!』という、田舎者特有の焦りもあっただろう」

 と会田さんは書いていらっしゃる。

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 予備校に通い始めたり美大に入ったばかりの頃って、周りに影響されて急に自分がダサく思えたりすることって、よくあります。ああ、わかる! みんなそうなんだな……って思いました。

会田 僕のおじいさんは日曜画家で、浅井忠みたいな素朴なタッチの絵を描いていたんです。それを見て育ったから古臭い絵が標準になってしまって、僕自身も中学時代から絵画を描くようになると、やっぱり浅井忠かモネみたいな素朴な絵を描くことになった。

 そういう癖がついていたから、予備校に入った直後は都会っぽい「受験絵画」への反発が大きかった。そのあたりは主人公の二朗と近しいものがありますね。

©文藝春秋

「入れてよかったね」「まあ、落ちるよりはよかったです」

山口 受験絵画といえば『げいさい』には、予備校でいちばん絵がうまい、小早川くんという生徒が出てきますね。私は登場人物の中で彼のことがいちばん好きでした。登場回数はそれほど多くないのに、大きい存在感があって。

会田 彼の人物造形も、自分自身を含めた4、5人のミックスですね。名前を挙げてもらったので言うわけじゃないんですが、実は小早川はわりと自分に近いです。

「いかにも東京のお坊ちゃま然とした男」

 といったところは違うとはいえ、

「ニヒルな笑みをうっすら浮かべて立っていた」

 というのは、意外に当時の僕の雰囲気なんです。

 芸大は入学すると、キャンパス内で新入生歓迎コンパが開かれる。そのさなかにトイレに行ったとき、連れションになった先輩が「(入学できて)よかったね」と声をかけてくれた。それで僕はとっさにこう答えたんです。

「まあ、落ちるよりはよかったです」

 相手はポカーンとして、気まずい空気になりましたね。入れてよかったね、という問いかけに、素直に「はい」とは言いたくない心境だったんです。

 日本の美術界に対する漠然とした苛立ちとか、なんだか落ち着かない気分というのはいまも常に感じているのですけど、それが当時からすでにあったということなのでしょうね。

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