文春オンライン

2020/08/17

 妊娠中絶手術を行う資格のある医師を「指定医」というのだが、ある地方では、医師会が指定医に対して行った講習会で、弁護士が「レイプによる妊娠か否か」を起訴状や判決文で確認するようにと発言していた。 

 指定医に「起訴状か判決文を持ってきたら、加害者の同意なしで手術に応じる」と言われたら、被害者にとっては、事実上、加害者の同意なしでは手術に応じないと言われたのと同じなのである。 

 なぜ、事実上、中絶手術をすることができなくなるのか。 

 起訴状は、被害者に交付されないのがほとんどであり、被害者複数の連続強制性交事件では絶対に交付されないと言ってよい。 

 判決文も、黙って待っていれば、もらえるものではない。判決後に、検察庁か裁判所に頼んで、謄写させてもらう必要がある。 

 そもそも刑事手続は、ある人間に刑罰を科すことが適切か、またどの程度の量刑が適切であるかを判断する手続である。その人が犯人であるか、その行為がレイプなのか等の事実について、客観的な証拠を集めなければならない。捜査にある程度の時間がかかることは当然である。被告人にも防御の機会が十分に必要だ。

「中絶手術に判決文が必要だから、急いで判決を出すように」という要請はできない。刑事手続は、母体保護法の要件を判断するためにあるのではないのだ。 

 しかし、刑事手続のスピードに合わせたら、中絶手術をすることができる期間を過ぎてしまう。 

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医師が 「同意書」の署名を求める知られざる事情

 医師が「同意書」の署名を、厳格に求める理由はなにか。これは、母体保護法が、医師に、法的問題の判断を無理強いしている箇所が2カ所あるのが原因である。 

 母体保護法は、平成8年に制定・公付された法律だが、昭和23年(1948年)に制定された優生保護法が前身である。平成8年に優生保護法から優生思想に基づく条文を削除し、法律自体の名称も変えたが、優生保護法時代に考えられた立法事実に基づいている部分が、多々見られる。 

 つまり、母体保護法自体が時代遅れなのだが、指定医がその法律の解釈・適用を間違えて、同意を取るべき場合に取らなければ、堕胎罪に問われたり、本人や配偶者に損害賠償を請求されるリスクがあるのである。

 では、レイプ被害者が、母体保護法14条1項2号による中絶を求めた場合、指定医は、どのような法的問題を判断しなければならないのだろうか。  

 まず、指定医は、母体保護法14条1項2号「暴行若しくは脅迫によつて又は抵抗若しくは拒絶することができない間に姦淫されて妊娠したもの」に当たるかどうかの判断をしなければならないことになる。