医師に、検察官や裁判官のような判断を求めている
法律の解釈の指針となるのは通達である。母体保護法14条1項2号に関する通達は、次のことを「配慮されたい。」と書いてある。
「法第一四条第一項第二号の『暴行若しくは脅迫』とは、必ずしも有形的な暴力行為による場合だけをいうものではないこと。ただし、この認定は相当厳格に行う必要があり、いやしくもいわゆる和姦によって妊娠した者が、この規定に便乗して人工妊娠中絶を行うことがないよう十分指導されたいこと。」
この通達には、「なお、本号と刑法の強姦罪の構成要件は、おおむねその範囲を同じくする。」とまである。指定医に、検察官や裁判官のような判断を求めることは理不尽である。刑事手続は、母体保護法の要件の立証のためにあるのではない。母体保護法14条1項2号に関し、通達の求める基準を満たすことは、およそ不可能となってしまう。
代わりに母体保護法14条1項1号を当てはめようとすると……
そこで、母体保護法14条1項1号「母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」として手術をする場合、何が必要か。本人と配偶者の同意が必要となる。
しかし、指定医が、母体保護法14条1項1号「母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」として手術をする場合、指定医は、もう一つ法律問題の判断をしなければならない。
実は、母体保護法上の「配偶者」の概念は、「婚姻届を提出した者」ではないのだ。母体保護法上の「配偶者」は、同法3条1項により「配偶者」には、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者」を含む。
しかし、母体保護法に関する通達には、具体的にどのような生活実態があれば、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者」となるかを示したものはない。
そこで、文献を確認すると、末広敏昭著「優生保護法 基礎理論と解説」には、「配偶者とは、父となるべき男性です。本人と配偶者との関係は法律上の夫婦に限ることなく、いわゆる内縁関係等、実質的な夫婦共同体、または性的結合のあった男女も含み、広く考えていくことが大切でしょう」とある。
優生保護法のできた昭和23年なら、性的結合のあった男女は、配偶者も同然と考えるのもあり得たのかもしれないが、現代でこのように考えるのは、むしろ非常識と言ってよい。