文春オンライン

2020/08/17

法律は不明確、損害賠償請求訴訟のリスクもある中で

 しかしながら、法律は不明確で、通達はなく、文献は性的結合のあった男女を配偶者に含む……という現実の下、指定医が「ある関係が『届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様な事情にある者』かどうかを確実に判断せよ、同意を取るべき場合に同意がとれていないことが後から判明した場合は、損害賠償請求訴訟を提起されるおそれがある」という状況に迫られたら、「同意書の『配偶者』欄に、胎児の父親となる人物の署名捺印をもらってきてください」と言うだろう。 

 もちろん、母体保護法14条1項2号を適切に解釈して、レイプの場合は同項2号によって中絶手術をしている指定医もいる。指定医は、中絶手術を行ったら、国に報告をしなければならないので、同項2号を用いた場合は正確にわかる。

 例えば、平成30年度衛生行政報告例によれば、中絶手術の総件数は16万1741件、そのうち224件は、母体保護法14条1項2号に基づくものであった。この224件は、2号に基づき、本人のみの同意で手術をしているものと思われる。 

 しかしながら、少数の立派な指定医が適切な運用をしているからといって、全ての指定医にリスクを取るよう求めても、本人のみの同意で中絶手術をする医師は増えないと私は思う。指定医は、訴訟に対応することが本職なのではない。自身の専門分野に医学的な知識・技術を注力したいと考えて当然なのだ。 

問題を解決するために、どうすればいいのか

 こうした問題を解決するために、どうすればいいのか。まず、「配偶者」の問題について検討する。現代では、昭和23年当時と異なり、事実婚の解釈について、様々な裁判例・通達がある。 

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 たとえば、DV防止法は、事実婚カップルにも適用される。 

 DV防止法に関する警察庁の通達は、「届出をしていないが、事実上婚姻関係と同様の事情にある者」は、法律婚にある「婚姻意思」「共同生活」「届出」のうち、届出がないものである旨の説明をしている。 

 DV防止法の適用の可否を判断するのは裁判官だが、中絶手術の同意権の有無を判断するのは医師なので、より画一的な指標があることが望ましい。 

 「母体保護法上の『配偶者』は、戸籍と、住民票で確認すればよい」、「戸籍上、配偶者がいなければ原則として本人のみの同意で中絶手術をしてよいが、住民票上、同居人がいる場合は、『配偶者』にあたる可能性があるので同居人の同意を取る」旨の通達があれば、医師は画一的に判断することができるだろう。 

 多くの被害者は、加害者と住民票を同一にしていないので、加害者は母体保護法上の「配偶者」とならず、同意が要らないことになる。例外的に、18歳未満の者に対し親などの監護者が性交等をすることを要件とする監護者性交等罪は、加害者と住民票を同一にしているが、養子を含め親子関係があることは戸籍でわかる。 

 このような通達が出れば、多くの被害者の役に立つはずだ。