一般公募の「聞き手」が、「東京出身のひと」「東京在住のひと」「東京にやってきたひと」から、1対1で人生と生活について聞き取る。そして現れてくる膨大な生活史を、解説も説明もつけずただ並べるだけの本を作る――『東京の生活史』プロジェクトを、社会学者・岸政彦さんが筑摩書房と組んで立ち上げた。

岸政彦さん/撮影・宇壽山貴久子

「僕は大阪にずっと住み、大阪で仕事をして、研究対象は沖縄です。ただ、ここ5、6年で急に本を書くようになり、そうすると東京に行く機会が増えました。それまでは東京って架空の町みたいな感じがあったのですが、何度も自分の仕事で行くようになって、街自体に深く縁が出来るようになって、定宿みたいなものも出来て、東京もまたひとつのローカルな街なんだと思うようになりました。そんな東京で、生活史を色々な人からじっくり聞けたらな、と思うようになったんです。

 浜松町が好きです。JRの駅から芝大門までの間っていうのは、本当にオフィスビルとチェーン店しかなくて、情緒も何もない感じが、逆にリアルで。渋谷の交差点とか新宿の歌舞伎町みたいな、いかにも東京という感じじゃなくて、わりと片隅みたいなところに人が住んでいる、ちゃんと働いている、ああ、普通の街やな、と思ったんです。僕がよく使う“普通”って言葉は、誤解されるんですけど、平均値とか中央値とか代表、って意味じゃないんです。それはマジョリティーの見方で、僕の“普通”っていうのは、自然に目に入るリアルなもの、ぐらいの意味です。理想的ではない、つくられていない、生のままの、みたいな。勿論それを全体的にとらえることは不可能ですけどね」

ADVERTISEMENT

 旧知の編集者・柴山浩紀氏に企画を持ちかけるとすぐに話が決まった。今年7月1日に特設サイトで「聞き手」の募集を開始すると、500人近くの応募があった。

「こんなに関心があると思わなかったですね。僕の本を読んでくれて、“生活史がすごく面白い、ぜひやりたい、身近にこんな人がいる”とか、“私は昔こういう辛い思いをしていた、だから人の話を聞きたい、人の人生はどんなのか聞きたい”とか、人を理解したい、人とコミュニケーションをとりたい、個人の側から社会を理解したい、という熱い思いを感じました」

 予算やページ数の制約があるため、泣く泣く「聞き手」を選ばざるをえなかった。

「目標は、だいたい150人の生活史です。ひとり8000字から1万字くらい、A5判で2段組1000ページ。誰も最後まで読み通せない本にしたい。目次にも〈20代、OL、女性〉〈50代、公務員、男性〉といった、話し手の属性は書かないつもりです。もちろん聞き手の名前は載せますけど。語り手がどういう人かは、性別も、その人の話を最後まで読まないと分からない。

 多様性も大事です。でも、ゲイの人5%、障害者3%、在日コリアン10%、とか、作為的に割合ごとに並べるのは最悪じゃないですか。誰に話を聞くかは聞き手に任せます。僕ら、やっぱり人との出会い方は偶然なんですよ。電車で隣り合わせるとか、オフィスで一緒に働くとか、恋愛するのも、偶然じゃないですか。東京も偶然で成り立っていると思うし、この本も、そうした偶然の出会いからできている」

 生活史を聞き取る訓練のない人に、ロングインタビューは難しくはないのだろうか。

「僕は“理想的な、素晴らしいインタビュー”を求めているのではないんです。3、4時間話を聞いて、文字おこしをして、原稿にする。確かに大変だけれど、みんな出来ますよ。僕がお願いするのは、話をつくらない、ということ。語られたことをそのまま受け止める。脱線しても全部聞く。聞き役に徹して、徹底的に聞く。そうしてあらわれてくるものは、絶対に面白いんです」

きしまさひこ/1967年生まれ。立命館大学教授。専門は社会学、沖縄、生活史、社会調査方法論。著作は『断片的なものの社会学』(紀伊國屋じんぶん大賞2016受賞)、『ビニール傘』(第156回芥川賞候補)など多数。

INFORMATION

『東京の生活史』プロジェクト
https://www.chikumashobo.co.jp/special/tokyo_project/