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【のだめカンタービレ再放送】「ぎゃぼー!」珍演を名演にしてみせた上野樹里の“解釈力”

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2020/09/09
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 のだめが逸脱するのは旧来の「古き良き女性」のジェンダーロールだけではない。音楽大学でクラシックを学びながら、「自立した現代エリート女性」のロールモデルからも主人公のだめは逸脱し、落第する。

 マーケティングや社会理論の逆算からは決して生まれてこない人物造形を確信を持って主人公に据えることができたのは、作者の二ノ宮知子が「現実にのだめは存在する、それはリアルだ」と知っていたからだ。そしてモデルの女性を知らない多くの読者たちもまた、「のだめのような女の子は確かにいる」と共感を持って主人公を迎えた。それは小さい頃にクラスで見かけた同級生、あるいは矯正を受ける前の彼女たち自身だった。

もう1人の“のだめ”上野樹里

 21世紀最初の年、2001年に現実に存在する1人の若い女性から始まった架空の物語は、2006年にテレビドラマ化され、もう1人の「のだめ」、生きた現実の女性に巡り合うことになる。主人公のだめを演じる上野樹里である。上野樹里もまた「逸脱した女の子」、逸脱を矯正されないまま生き延びることができた稀有な才能の1人だった。

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 小学校入学前に心臓血管障害の手術を受け、中学生で父親の工場の経営難と母親の病死を経験した上野樹里は、15歳で単身上京し、本格的に女優としての活動を始める。弱小モデル事務所の所属でありながら、オーディションで演技力を見せつけ、ほとんどの役をもぎとるように獲得していく彼女は、たちまち主演映画『スウィングガールズ』と朝の連続テレビ小説『てるてる家族』を掛け持ちするまでになる。

スウィングガールズ』DVD-BOX

『てるてる家族』で共演した岸谷五朗は、「この半年間、君の演技を見てきて、アミューズはいつでもウェルカムだ(迎える用意がある)」と、日本有数の芸能事務所への移籍を提示した。上野樹里が躊躇うと、彼女の才能を評価したアミューズの社長は当時の所属モデル事務所ごと買い取り、吸収合併という形で上野樹里の才能を手に入れた。今も伝説的に語られる逸話である。

「のだめ」というキャラクターの危ういバランス

 初めてのドラマ化で上野樹里がいきなり決定的な名演を見せたために見えにくくなっているが、「のだめ」は実写で演じるには本来ものすごく難しい題材である。

 何よりも難しいのは主人公のだめのパーソナリティの表現で、今では誰もが上野樹里が出した「正解」を知っているから当たり前のように見ているが、のだめは中途半端に演じれば「男性にウケそうなかわいい女」になってしまう危ういバランスの役なのだ。

 制作スタッフ側で「男性ファンも見てくれた方が視聴率が上がる」「人気女優だってあまり変な演技はしたくない」というソロバンを弾けば、ますます「かわいいのだめ」の方にバランスが傾くだろう。

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