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【のだめカンタービレ再放送】「ぎゃぼー!」珍演を名演にしてみせた上野樹里の“解釈力”

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2020/09/09

 あまりにも有名な逸話ではあるけど、最初のテレビドラマ放送からもう14年も経つことでもあるし、この物語に初めて出会う新しい観客のために書いておこうと思う。9月9日からフジテレビで再放送される名作ドラマ、『のだめカンタービレ』の主人公には実在のモデルが存在する。

上野樹里 ©文藝春秋

 連載が開始される前の2001年、すでに『天才ファミリー・カンパニー』などドラマ化された人気作品をいくつも生み出していた漫画家・二ノ宮知子の公式HPではファン同士の交流が行われており、その中のファンの1人の自宅部屋を撮影した写真がファン同士で話題の種になっていた。

 ひどく散らかった部屋の真ん中に置かれたピアノを弾く顔の見えない女子音大生の後ろ姿を撮影した写真を見て、彼女に興味を持ち自宅に招いた二ノ宮知子は、穴の空いた靴を履き、手袋を片方なくし、帰りのタクシー代も持たずにやってきた風変わりな女子音大生から、ある一つの物語のインスパイアを受ける。

 野田恵、というファンの本名をそのまま主人公に名付け『のだめカンタービレ』と題された作品は、やがて何カ国語にも翻訳され国内外でドラマ化される日本漫画の金字塔の一つになっていく。この作品について何度となく語られた伝説的逸話である。

「もしも女の子が矯正を受けずに生き延びたら」の物語

 担当編集者の三河かおり氏が『クラシックジャーナル』の編集長と対談した記事によれば、連載は連載開始当初から徐々に人気が上がり、テレビドラマ化の前にすでに初版70万部を数えたという。

原作『のだめカンタービレ(1)

 二ノ宮知子が片手袋の女子音大生にインスパイアを受けたように、彼女をモデルにした主人公「のだめ」はたちまち多くの読者の心をとらえた。物語の導入である第1巻の第1話で、ファンの自宅写真をそのままモチーフに描かれた見開き、ゴミの中でピアノを弾く主人公の後ろ姿は、それがこの社会から逸脱した女の子についての物語であることを鮮やかに表現していた。

 女子の社会的逸脱に対する視線は、往々にして男子に対するより厳しい。主人公「のだめ」のように逸脱した女の子は、親から、教師から、クラスの男子の視線、あるいは同性の友人たちから男の子の何倍もの厳しさで矯正を受けることになる。

『赤毛のアン』におけるアンの赤毛が少女の抱えたコンプレックスの象徴であるように、のだめの部屋は矯正を受けない心の逸脱の象徴だ。この物語が長く愛され今も古びないのは、「もしも女の子の逸脱が矯正を受けずに生き延びたら」という才能の寓話であるからだ。