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【文通

 勇治は新聞で報道されて以来、大勢の見知らぬ人からの手紙をもらったらしいが、同じ音楽の道を目指している金子の手紙に興味を引かれた。川俣の勇治の周りには、音楽の専門的なことや作曲上の悩みなどを語り合える友人はおらず、同じ音楽の道を目指す金子は探し求めていた友と思えた。

 早速勇治は返事を書き、それを受け取った金子は、改めて次のような手紙を書いた。

『貴方よりのおたより私はほんとうに嬉しく拝見いたしました。貴方を知り得たといふことは、私の一寸したウイットからによりませうけれど、それ以上に不思議に運命の糸をあやつる神(?)の力によると考へられます。あの新聞紙が私の手に入り、私の目に心にしっかりと止り、更に思ひ切って差し上げたお手紙により貴方が御返事下さった。偶然と云ひませうかなんていひませう。せまいようでも廣いこの世界にこうして結ばれた魂と魂(結ばれたといってよいと思ひます)。お互が真剣に生一本な心の持ち主だったら一致した時、必らず偉大な藝術を産みだすことが出来ると信じます。』

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手紙ー勇治ー金子

 この恐らく2通目と思われる2月初め頃の手紙で、すでに『結ばれた魂と魂』というような表現を使っていることから、この時点ですでに金子はかなり熱を上げていることが分かる。そして3月初めの手紙では『姉たちがしきりに縁談で誘惑を試みます』と、自分に縁談話があることをわざわざ書いている。勇治が自分のことをどう思っているのか探りたいという意図があったのではないかと思う。それに対して勇治は『この問題は重大な事です。よくよく末々の事をお考えになります様』と暗に結婚して欲しくない気持ちを記して『清く、いつまでも御交際願います』と結んでいる。

 文通を始めて約1ケ月と少し、このころすでにふたりは互いを、文字では書かないが特別な相手と意識している。恋愛感情を隠したままの文通がしばらく続く。

『ほんとうに貴方のやうな作曲家に行く末長く導くご援助していただきましたら私もどんなに幸せになれるかと存じます』(3月8日付の手紙)と金子は書き、勇治は『私はなんだか金子さんを残して外国に行きたくない様な気持ちがします』(3月30日付の手紙)と書く。