バスに乗るのに小銭がない!
久しぶりに、長いこと外へ出た。太陽の殺人的なまぶしさにげんなりしながら、無事に三重までたどりついた。
パルケエスパーニャへ向かうバス停で、わたしは度肝を抜かれた。
バスを待つそこそこ長い列に並んでいた。むこうの交差点からバスが近づいてきたとき、列を整理していた係員さんが「両替ができませんので、小銭のご用意をー」といった。
わたしは、かざす気満々で手にしていたSuicaを、とり落としかけた。これでスマートに乗車する気だったのだ。小銭なんぞ、ねえのだ。
しかし、このバスに乗り遅れれば、開園時間には間に合わない。
やわらかな春の風ふき込む伊勢志摩の片隅で、青ざめてパニックになるわたし。
なにを思ったか、わたしは良太に1000円札をにぎらせた。そして、親指と人差し指で輪っかをつくって見せる。「銭」を示す下世話なジェスチャーであった。
「なんか、ホラ、あのインフォメーションっぽいところで、くずしてきて!」
弟に、一抹の望みを託したのだ。
なに食わぬ顔でうなずき、のっしのっしと、たくましく歩いていく良太。その背中を見送りながら、わたしは全力で後悔した。
間違えた。良太が列にならんで、わたしがくずしてきた方が、よかった。
そもそも良太に、札をくずす、という言葉が伝わるのだろうか。きっと両替すらしたことはないだろう。
ああ、良太にも申し訳ないことをした。バスはあきらめて、次のを待とう。
わたしがあきらめてからほどなくして、良太がのっしのっしともどってきた。
左手に小銭を、右手にコカコーラのペットボトルをもって。
わたしは、雷に打たれたような衝撃を受けた。
なぜ良太は、やったこともない両替を、やってのけたのか。
たぶん、こんな感じのことを考えたんだと思う。
「姉ちゃんが丸いお金を欲しがってる」
「そういえば、自動販売機に紙のお金を入れてジュースを買ったら、丸いお金が出てきたはず」
「どうせなら、ぼくが好きなコーラを買っとこう」
良太は、インフォメーションで両替をしたことはない。でも、自動販売機でジュースを買ったことはある。
だから、そういう行動に出たのだ。
良太は、これまでの人生で得てきたなんとなくの経験値と、まわりの大人のみようみまねで、わたしの窮地を救ってくれたのだった。ほんまかどうか、わからんけど。
ひと仕事を終えた良太は、パルケエスパーニャに向かうバスで、悠々と寝ていた。
首がとれるんじゃないかと思うくらい、ゆれに合わせてガックンガックンしてて、まわりの子どもから笑われてたけど、ちらっと彼らを見ただけで、意にも介さず寝ていた。
すごいなあ。
ただただ、思った。