みんなが当たり前にできることができない
そしてなにより、細かいことを丁寧にやるのが、大の苦手だった。
事務処理やスケジュール管理なんて、上手にできたためしがない。
経費処理に使う大量の領収書を、申請日ギリギリになくしてしまい、半泣きで家を探しても見つからなかったことがある。飲まず食わずで探し続けたので、疲れ果てて、せめて米を炊いて腹ごしらえしようと空の炊飯器を開けたら、領収書の束が出てきた。なんでだ。
みんなが当たり前にできることが、できない。
守るべきルールが、守れない。
どうにかがんばってみても、失敗ばかり。
ああ、わたしは、他人に迷惑をかけるために生まれてきた非常識人間だ。
そんなコンプレックスとともに、ずっと、生きづらさを感じていた。
でも、理解のある家族や友人に支えてもらって、なんとかやってきた。やってきたと思っていた。
でも、だめだった。27年間生きてきたけど、自分に自信なんてこれっぽっちももてなかった。ドラクエでいうなれば、27年間、ひのきの棒と布の服で、はじまりの村のまわりをぐるぐるうろついてただけだった。
弟の良太に「どっか行こ」と誘われて
心のシャッター閉店ガラガラ状態のときに。
わたしは4歳下の弟・良太と、1泊2日の旅行をすることになった。
良太は、生まれつきダウン症という染色体の異常があり、知的障害もある。みんなと同じように話すことはむずかしいし、むずかしい話もわからない。でも、勉強なんてできなくても人は優しい真心さえもってればよいのだというのを地でいく、よくできた弟だ。
良太は、姉がトド化している原因なんてもちろん、よくわかってない。でも、毎日じわじわと肥えていくトドがリビングを占拠しているもんだから、「どっか行こ」といってくれたのだ。
弱りきったわたしでも、弟を楽しませることくらいは、できるだろうか。
行き先は「人間さいねえところへ行くだ」という閉ざしきったわたしの希望と、「USJに行きたい」という良太の希望をすり合わせることにした。
「人がいない」「テーマパーク」という、矛盾したふたつの言葉をGoogle検索に打ちこんだら、三重県のパルケエスパーニャがヒットした。なんと、公式が「人がいないから、並ばずにアトラクションに乗れる! 最高!」と自虐的に告知していた。
たのもしいやら悲しいやらでなんともいえない気持ちになり、行き先はそこに決め
た。