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「僕は機械で発酵はさせない。機械でやると、酸は立つけれど、奥ゆかしさ、雑味が出ず、単純な味になってしまう。やっぱり、ただ酸っぱいだけでなく、旨味、甘味がほしいから。それはやっぱり元気な菌が出すものなんです。だから、気候を利用することでしか僕は発酵をやりたくないんです」

 こうして、佐々木は、カビや重石、雑菌、といったものを駆使しながら、独自の方程式を次々と生み出していった。

 佐々木は、すべての発酵料理のベースに「腐れ飯」をすえる。

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仕込んだ豚肉の腐れ鮨 ©文藝春秋

 生米を水に長時間浸し放置しておくと、雑菌が繁殖する。見た目は白いままだが、これに火を加えると真っ赤に変色する。そのときに、独特の風味が生まれるのだ。この米に大根やキャベツ、自家製の麹などを混ぜ入れ、大根の葉で蓋をし、重石をのせて1年間寝かせる。ポイントは、大根の葉。1年間、外に干しておいた大根葉なのだ。この大根葉にはさまざまな菌がついていて、それがあっという間に繁殖して、カビとなるのだ。その葉についたカビが腐れ飯の蓋となって、飯の熟成を促すというわけだった。

 佐々木は、この腐れ飯に豚肉やカツオなどさまざまな食材を漬け、醸し、料理とする。

炊飯米と豚肉を、常温で1年間熟成

豚肉の腐れ鮨入り茶わん蒸し ©文藝春秋

 「とおの屋 要」の夕食の定番スペシャリテは、「豚肉の熟れ鮨」だ。

 炊飯米と豚肉のミンチを混ぜ合わせ、少しの塩と実山椒を加えた料理だ。実山椒の代わりにニンニク、ペッパーなど他の香辛料を加えてもいい。

 その発酵法には驚嘆せざるを得ない。

「1年間、常温で置いて、乳酸発酵させたんですが、仕込むタイミングは、山椒の木が教えてくれる。健全な発酵をさせるには、実山椒がなって、赤く色づくギリギリ、赤実山椒の終盤までが適切。それ以外の時季だと腐ります。でも、その時季にやれば、何年でも大丈夫。塩を強くすると、アミノ酸の数値が上がらなくなるので、腐るかどうかのギリギリの塩分濃度でやって旨味を出すんです。それを判断するのは、自分のベロメーターということになります」

1年間、常温で放置する ©文藝春秋

 少しの酸っぱさと旨味、そして、醸しによって生まれた深みある風味。そんなものが噛み締めたとたんに口の中に広がる。

 佐々木は、夏の気温を利用して納豆を作るが、冬場にも納豆をつくる。「雪納豆」だ。雪の中に埋めて発酵させ、雪解けまで寝かせる納豆である。

「豆を煮て、朴葉で包んで、これを藁苞で巻いて雪の中へ。でも、このときに、藁苞をきちんと土に付けて、上から雪をかぶせるのが大事。そうでないと発酵しないんです。雪の圧が発酵を促すのと、土からの菌の力が関係しているんじゃないかと考えているんです。初めて雪納豆をつくったとき、発酵しなくて、祖母に訊いたら『土が見えるまで雪を掘って土の上に置いてから被せないと』と教わりました」