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 ただし、発酵が進まないケースもある。

「農薬がかかっている藁苞だと、失敗作が出ます。全部ではありませんが、発酵しないで腐っていきます。農薬の危険性は、そんなふうに発酵食品をやってきて、肌で感じていたんです。納豆菌って、あんなに強い菌なのに、農薬はダメなんですよ。天日干しした無農薬の藁だと本当に綺麗に発酵するんですけどね」

自家製の納豆 ©文藝春秋

ベロメーター、すなわち第六感に問う

 勉強にやって来る料理人や、チームの後輩に佐々木が必ず伝えることがある。

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「僕たちの仕事の本質は、声なきものの声を聞くということ。姿なきものの姿を見ようとすること」。

 佐々木自身が20年間追い求め、いまも希求しているものでもある。

「昔の人は、『この感じはなんかヤバいな』という第六感で食べるか食べないかを判断していたんですね。香りだったり、ベロメーターで。いまみたいな科学が優れていたわけでもないし。その後、文明はとんでもないスピードで進歩していったと思うんですけど、人間自身は間違いなく退化しているんですよ。それをそうさせないために、作物や食べ物をつくる、というのが僕の仕事だと思っているんです」

「とおの屋 要」の朝食 ©文藝春秋

 佐々木は、常に土に訊き、大地に問う。

「発酵の原点は、大地そのものなんです。大地の中で行われているものすごい数の微生物たちによる営みこそがスターター。それが、どぶろくの並行複発酵、お酢の酢酸発酵、さらには味噌や納豆の発酵などの発酵へとつながる。僕たちの目に見える発酵の形となったときには、もう終わりゆくものなんです。菌たちは、こんなにも美味しいものができるのに、お前らどこを見ているんだと訴えている。人間の命にかかわるものを菌たちがつくりあげて、それを糧として先人たちが生きながらえて、僕たちも生きているということをよく考えないと。それもこれも、すべては、大地がスターターとなっているからなんです。そのスターターにクスリをまいたりすればどういうことになるか、自明だと思います」

「その土地の目に見えぬ菌たちがつくりあげる風味を持った料理」をつくる佐々木要太郎にとっては、大地こそがすべてなのである。

 発酵に憑かれた39歳の男の探求は止まらない。