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「終戦の日」を過ぎても続いた日ソ戦争 両国の公文書が隠し続ける「不都合な真実」とは

井上卓弥が『日ソ戦争 1945年8月』(富田武 著)を読む

2020/09/28
『日ソ戦争 1945年8月』(富田武 著)みすず書房

 1941年12月の真珠湾奇襲から玉音放送の45年8月15日まで3年8か月の間、日本は米英と第2次世界大戦を戦い、完膚なきまでに打ちのめされたというのが、従来の私たちの常識であろう。しかし、これは太平洋戦争のみ前提にした認識なのだと気づかせる戦史の書が、戦後75年を経てようやく世に現れた。

 日ソ戦争とは、長崎に原爆が投下される8月9日の未明に満洲と朝鮮の北部国境で始まり、「終戦の日」を過ぎても続けられた「知られざる戦争」である。

 失効前の日ソ中立条約にすがり、米英との終戦交渉の仲介まで期待した日本の内情はソ連に見透かされていた。米国の支援を受けて南樺太や千島にも軍を進めたスターリンは、北海道北東部の占領さえ目論んだ。上陸作戦の中止命令は8月22日午後に出されたが、同日午前には南樺太の日本人を乗せた疎開船がソ連潜水艦の攻撃を受け、約1700人の犠牲者を出している。日ソ戦争は対米敗戦の圧倒的な衝撃に覆い隠された。

 シベリア抑留の悲劇を追い続ける著者にとって、その原因となる日ソ戦争の検証は「宿願」だったという。昨年、機密解除が発表されたソ連軍作戦文書や公文書サイトを精査し、日本軍の記録や将兵の回想との照合に没入した。

 圧巻は、ソ連3方面軍による国境要塞の制圧と満洲中央部、朝鮮北部への侵攻の経過を再現した「第二章 日ソ八月戦争」。神風特攻隊に相通じる日本軍の「棄兵」戦術が浮かび上がる。梱包爆薬を抱えて戦車の下に飛び込む「肉攻」や「斬り込み」は対独戦の死闘を制したソ連軍に「決死隊(スメルトニク)」と恐れられ、武装解除まで容赦しない攻撃の理由を与えた。

 ソ連側の要塞攻防戦の記録は、8月18日に降伏と戦闘中止の最後通牒を託した軍使(日本人捕虜)が、「玉砕」を迫る日本軍将校に斬り殺されたことを伝えている。軍国主義下とはいえ、冷酷無比な激戦の現実が重くのしかかる。

 さらに特筆すべきは、戦闘記録に残りにくい「棄民」の実態に光が当てられたことだろう。軍人・軍属に限られてきた抑留被害者に「声なき居留民(民間人)」を加え、朝鮮北部や南樺太などの「ソ連管理地域」に対象を拡げて抑留の全容解明に取り組んだ成果だ。

 開拓団や居留民の女性と子どもがソ連軍部隊に蹂躙された葛根廟事件などの例だけではない。満洲や朝鮮北部の至るところに100万人近い日本人が「難民」状態で取り残され、占領下のドイツ同様、続発するソ連兵の略奪と性的暴行にさらされた。極寒の冬、飢餓と伝染病が追い討ちをかけた。著者は日ソの公文書が各々の「不都合な真実」に沈黙し続けていることも隠さない。

 過酷な抑留と向き合い、声なき声に耳を澄ます。「血の通った戦史」を志す著者の信念はドキュメンタリーを超え、日ソ戦争の本質までも現代に蘇らせた。

とみたたけし/1945年、福島県生まれ。東京大学法学部卒。成蹊大学名誉教授。ロシア・ソ連政治史、日ソ関係史。著書は『シベリア抑留』『シベリア抑留者への鎮魂歌』など多数ある。

いのうえたくや/1965年、山形県生まれ。慶応大卒。毎日新聞を経てフリーに。著書に『満洲難民 三八度線に阻まれた命』。

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