新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所を構え、30年近くヤクザを取材してきた鈴木智彦氏が、福島第一原発の作業員となった。内部の様子を綴った『ヤクザと原発 福島第一潜入記』より、一部を転載する。(全2回の2回目/前編から続く)
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任俠系右翼は国家の味方
東京電力福島第一原発(1F)の1号機、3号機が立て続けに水素爆発を起こした直後、私は暴力団を通じて協力会社にコンタクトを取った。どこから切り込んでも、簡単にヤクザルートで話が訊けたので、数年前の祭りの光景を思い出した。親分は肝臓癌で亡くなったが、組織の利権はいまも変わらず存在しているはずだ。表面上、消滅したように見えても、地縁・血縁で結ばれた街の成り立ちが根本から変わるとは考えにくい。
親分の説明通り、東電管内でも原発と暴力団の接点は見つかった。簡単に取材が進みすぎて少々戸惑う。警察、企業、暴力団……よく言えばのどかだが、そのどれも脇が甘い。実際、原発事故さえなければ、1Fの暴力団対策がマスコミの注目を集めることはなかった。私自身、原発のことなど少しも調べなかったろう。
暴力団に対する警察の強硬姿勢は西高東低である。新聞やテレビで大きく報道されるのは、西日本の組織、とりわけ日本最大の暴力団・山口組対策だ。もちろん、警察取り締まりの西高東低は、東日本に存在する暴力団の劣勢を意味しない。違いは社会との関係性にあって、東日本の暴力団は西と比較し、反権力ではなく、親権力という意味である。
これだけの事故が起き、たくさんの住民が苦しんでいるのに、任俠系右翼……暴力団の実質的傘下にある右翼団体がほとんど動かないことをみてもそれは明らかである。
暴力団に連れられ、東京電力関連会社社員はもちろん、プラントメーカーやゼネコンなど……日本を代表する上場企業の社員が、私の取材を受けるため居酒屋の個室に姿を見せた。あくまで個人的な付き合いと分かっていても、堂々と会社の名刺を出すのだから面食らう。こちらから受け取りを拒否した。万が一名刺入れを落としたら一大事だ。みんな屈託がなかった。やはり暴力団に対する意識が甘いとしかいえない。