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「『止める気になればすぐ止められる』という態度でした」

 実際にカウンセリングをしてみると、所属事務所が手を焼いていたのは、Aさんの躁鬱病よりも依存症の方でした。Aさんは世間からみて、アルコールやギャンブルのイメージとは程遠い方でしたから、そのことが報じられることを恐れていたのです。

 すでに中堅どころの彼は、一人で自分の内面と深く向き合うことで創作活動に転化してきました。その分、楽曲作りにも波があって、なかなか満足いく曲が作れない苦しみがあった。さらに日常の忙しさに加え、彼の言動が誤解されてSNSなどでバッシングに遭ったことによるストレスもあって、自分自身へのコントロール感を失ってしまった。

 その結果、飲酒や元々得意だったギャンブルを、日常的に不安などネガティブな感情を解消するための手段としていた。それがやがて習慣化していき、自分でも気づかないうちに依存症の診断基準を満たすほどになっていったのです」

 Aさんの治療の過程には大きな波があったと、藤井氏は説明する。

「山口さんも肉体を鍛えている体育会系ですが、Aさんも同じタイプ。自分の体に自信がある分、精神的な疾患にとても否定的な方でした。周囲にも『依存症や躁鬱病なんて病気ではなく気持ちの問題』と口にしていたそうです。ですから、私にも『止める気になればすぐ止められる。酒もギャンブルも好きだから適当にやる』という態度でした。

 Aさんは週に1回、50分のカウンセリングを受けていましたが、3カ月ほどで来なくなった。後にご本人に聞きましたが、この時は自分では良くなったと思いたかったそうです。おそらく『躁』のタイミングが重なったこともあったのだと思います。『自分は何でもできる』『治療しなくても大丈夫』『(診断された頃の)自分とは違う』という気持ちになって、再び飲酒もしていたようです」

©文藝春秋

依存症治療のポイントは「底つき体験」

 それから2カ月ほど経過した頃、Aさんは突然藤井氏の元を訪ねてきた。カウンセリングを受けなくなった結果、鬱状態が強くなり酒量も増え、犯罪になりかねないトラブルを起こしてしまったのだ。さらに、それが交際女性との別れにも発展したという。

「Aさんの場合、症状が悪化してトラブルを引き起こしただけでなく、当時お付き合いしていた女性に愛想をつかされてしまった。この一連の出来事が彼には非常にショックだった。臨床の現場では『底つき体験』と言いますが、この体験をきっかけにしてAさんは自分の本当の現状を『どん底』だと気付いて、上向きになるきっかけにすることができた。一連の報道を見る限り、山口さんはこうした『底つき体験』をまだ経験していないという可能性もあるように感じます」

 現在、Aさんはカウンセリングの効果が出て、依存症や躁鬱病も落ち着いてきているという。

「Aさんには、事務所に私の見解を伝え、症状にあわせて仕事量のコントロールをしてもらっています。作曲の際にもあまり自分を追い込まないようにと常々伝えています。ずっとAさんと続けているのは、つらくなった時にアルコールとギャンブル以外に取り組めることを見付ける作業。それがだんだんうまくいき始めています」

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