9月21日に行われた最終決戦の第9局は、第8局終了後からすでに始まっていたといえる。第8局終了後に振り駒が行われたためだ。と金が5枚で、豊島将之竜王の先手に決まっている。後手番となった永瀬拓矢叡王は、持ち時間を6時間に指定した。
タイトル戦の最終局の振り駒は、通常なら対局当日に行われる。そのため、対局者は先後両方の用意をしなければならない。今回のケースは対局者にとって事前準備がしやすい。他棋戦の対局や仕事をこなしつつ、本局にぶつける作戦を練りに練ってくるはずだ。それが何かは対局が始まったときに明らかになる。(全2回の1回目。後編を読む)
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9本あるバナナを皿に盛り付ける
本局の2日前に、第33期竜王戦挑戦者決定三番勝負第3局で羽生善治九段が丸山忠久九段を破って豊島への挑戦権を得た。その竜王戦が行われているさなか、叡王戦の運営スタッフは将棋会館に集まって、設営準備を進めていた。運営側による表には見えない長丁場の戦いも大詰めだった。最終局の本局は報道陣用の控室も用意されていた。
将棋会館でのタイトル戦では、前日に対局室や盤駒の具合を確認する「検分」がない。対局日当日の午前9時ごろ、対局者は手荷物検査をして電子機器を預けた。
控室ではスタッフが永瀬用にバナナを皿に盛りつけているが、9本もあるので苦戦している。立会人の木村一基九段が「食欲がわくように並べないとね」と笑った。なお、本局の永瀬はバナナに手をつけることはなかった。代わりに、缶コーヒーをよく飲み、夜には栄養ドリンクを口にしていた。
第8局と第9局の間に生茶の「ほうじ煎茶」が発売され、対局者に用意された。茶系のラベルが秋をイメージさせる。9時47分、豊島が先に特別対局室に入った。普段と同じ表情で下座に着くと、ほうじ茶のペットボトルをしげしげと見つめてコップについだ。その間に永瀬も入室。最終局とあってか、永瀬はいつもよりも緊張気味に見えた。タイトル戦登場は今回で5回目だが、フルセットはすでに3回目となる。過去2回は敗れているが、壁を越えられるか。
史上2回目となった「十番勝負」
今回の七番勝負は持将棋2局、千日手1局を含んだ「十番勝負」になった。七番勝負で対局を10局行うのは、1982年の第40期名人戦以来のこと。加藤一二三十段が中原誠名人に挑み(肩書はいずれも当時)、悲願の名人獲得を果たしたシリーズだ。この名人戦は10局すべて矢倉。「矢倉を制するものが棋界を制する」という価値観が強かった時代だった。特にタイトル戦で初めて「飛車先不突き矢倉」が指され、戦術面でも大きな意義があった。
ただし、番勝負での独立した1局に数えるのは持将棋のみなので、持将棋1局、千日手2局だった第40期名人戦で行われたのは「第8局」まで。「第9局」の開催は史上初となる。