前局は永瀬にとって2番目に早い短手数の敗局だった
今回の叡王戦の「十番勝負」は、持ち時間の変動制の中で二人が多彩な戦法で叡智あふれる戦いを繰り広げた。一つの戦法で意地を張った名人戦とは異なるが、今回の叡王戦は相居飛車戦の定跡に刺激を与えるタイトル戦となった。本局に関しては、千日手は即日指し直し、持将棋でも即日に第10局を指すことが決まっていた。
定刻午前10時に始まった対局は、豊島の角換わりを永瀬が受けて立つ出だしとなった。豊島が得意にしているのは角換わりからの腰掛け銀だが、先手が速攻を狙うかどうかの駆け引きがある。第8局では豊島の跳び蹴りが決まり、永瀬は粘れずに敗れた。75手は永瀬にとって2番目に早い短手数の敗局だ(1位は昨年6月の王将戦対梶浦宏孝四段戦の73手)。同じ轍を踏むわけにはいかない。永瀬は駒組みの手順を変えて、第8局の展開を避けた。直近の順位戦対千田翔太七段戦でも同じ指し方で進めていた。
後手を威嚇して少しでも条件のいい進行を引き出す
しかし、先手からの速攻策は一つだけではない。豊島は第8局とは違う形で仕掛けを狙った。最近注目されている手法で、さっそく取り入れた。豊島が速攻を狙うのは珍しいが、角換わり腰掛け銀は後手の対策も進んできた。今年に入って、先手側の勝率も落ちてきている。そこで、後手を威嚇して少しでも条件のいい進行を引き出そうとしているのだ。
永瀬にとって作戦の岐路を迎えた。攻めを強く迎え撃つか、警戒するか、次の手で序盤の進行が変わってくる。第8局終了後に持ち時間を6時間に指定した永瀬は、序盤から時間を使っていく。その考慮中に、係が昼食の注文を取りに対局室に入ってきた。永瀬は豊島がメニューを選んでいるときに着手した。仕掛けを防いで手堅いが、少し妥協した選択。それを指すところを豊島に見せたくなかったのかもしれない。
ニコニコ生放送で解説を務める三浦弘行九段は、「先手の条件が得している」と話す。仕掛けを警戒して後手が1手損したので、基本の定跡ならうまくいく指し方ができなくなったためだ。永瀬も承知のうえで指しているおり、基本定跡とは攻め方を変えて仕掛けた。そうして局面が中盤戦に移ったところで昼食休憩に入った。昼食の注文は豊島がチキン山椒焼き弁当、永瀬が肉豆腐(キムチ)弁当。いずれも将棋会館近くの「鳩やぐら」からの注文だった。世間は4連休の初日でも営業しているのはありがたい。