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デトロイトの事例に学べ

斎藤 資本主義だと貨幣を持ってないとアクセスできないものに対して、誰もが無償でアクセスできるという潤沢さが〈コモン〉の特徴です。

 ひとつ示唆に富んだ事例を紹介すると、アメリカのデトロイトは自動車産業の衰退によって、街の治安が悪化していました。

 でも、自分たちの街をなんとか変えたいと思う人たちが、市街地の空きビルを使って時計を作る工場を始めたり、みんなで共同組合をつくって街なかで有機野菜を生産するアーバンファームを始めて地元のレストランで使ってもらったりと、生産する力を自分たちの手に取り戻し、地域のコミュニティをつくり出していった。

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 それまではグローバル企業の利潤追求のために大量生産に従事していたのが、住民たちが協同して地域のための働き、誰もがアクセスできる〈コモン〉の場を立ち上げていくライフスタイルを作り出そうと試行錯誤しています。これはデトロイトの例ですが、日本の地方再生の問題にもいろいろと応用できると思います。

 

――希望の持てる事例ですね。ここでひとつ疑問があるのですが、〈コモン〉の場が広がっていったとき、社会全体を成り立たせるための必要な生産性や技術力、ひいては労働意欲は担保されるのでしょうか。

斎藤 間違いなく担保されるでしょう。デヴィッド・グレーバーの『官僚制のユートピア』が指摘していますが、資本主義のもと企業の内部の論理には官僚制がはびこっています。セクショナリズムや縦割りの指示系統、細分化されたルールで、知識の共有は阻害され、短期的な効率化しか追求できなくなっている。ここ数十年の資本主義体制における真の技術革新はインターネットぐらいで、実はあまりイノベーションを起こせていないのではないでしょうか。

 そういう観点を踏まえると、市場の短期的な競争と効率化を重視する社会をやめて、一部の人や企業が技術や特許を独占する状態を解体し、知識や労働の場をシェアする環境を作っていくと、むしろ自由な発想からイノベーションが生まれやすくなる可能性が高いでしょう。短期で利益を出すために人々が1日10時間も働く必要はどこにもなく、むしろ社会全体において本当に必要な仕事にリソースを割くことで、ゆとりと創造性が生まれてきます。

 人は、自分の創造性を発揮できることや、人から感謝されること、社会に本当に貢献できる、大きいやりがいのある仕事は自ら進んでやるはずです。

 いま私たちの社会は一人ひとりの働き方を含めて、無限の経済成長を求めて人間や自然を収奪することを見直すべき、分岐点に差し掛かっていると思います。本書が資本主義の限界に突き当たってしまった時代における、オルタナティブの提示になれば嬉しく思います。

(写真:杉山秀樹)

人新世の「資本論」 (集英社新書)

斎藤 幸平

集英社

2020年9月17日 発売

1987年生まれ。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳『大洪水の前に』)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。編著に『未来への大分岐』など。