「俺が入れた19才は見つかり未遂に終わった」
僕は“泳いで逃げた女”、メグミの告白が掲載された雑誌のコピーを取り出し、Xの前のテーブルに開いて見せた。
「ここには1995年当時、17才だった少女による脱走劇が書かれています。Xさんは前回、泳いで逃げたが水際で捕まえて未遂に終わった女がいると言っていました」
Xは黙ってそれを手に取ると、冷たい目を落とし読み始めた。メグミは、残り50万の借金を残して逃げた。その顛末が書かれた個所を指差し、男は言う。
「だからこの17才が50万を残して逃げたのは分からんでもないよ。入れた男からもう200万のバンスの話をされ、それで逃げたのなら。この17才も言っているけど、必死で働いて150万返して自由になろうとしているのに、また振り出しに戻されようとしたら、それは誰でも自暴自棄になるよね。完済すれば当然、自由の身。島を出てもいいし、そのまま残って自分のために稼ぐこともできる。そんな未来が見えなくなったわけだから。
でも、あの距離を泳ぐとなったら大変だよ。仮に泳げたとしても、陸に上がるには絶壁を登らないかん。誰かに引っ張ってもらわないと大人の男でも無理だと思う。船着き場の一部が浅瀬になっていて、そこからなら可能性はある。逃げるとしたらそこからしかない。
俺が入れた19才がそこで見つかり未遂に終わったように、島の住民らもそのことを分かっている。だからかその逃走ルートには必ず見張りの男がいる。その場所から陸に上がろうとしてる女がいる時点で島に連絡が入り、『じゃあ捕まえて』ということになるから。
見張り役は渡し船の船頭
見張り役は渡し船の船頭さん。渡鹿野島に渡るには、この渡し船に乗るしかない。渡し船は3隻あり、約3分間隔で常に往来している。そのため、営業していない深夜や早朝なら別だが、朝から日付が変わる頃まで監視の目が届かなくなることは絶対にない。
だから俺が入れた19才は未遂に終わった。女が島で働いて2ヶ月後のこと、『陸の手前で捕まえたよ』と、クミからの電話で発覚した。それで『どうする? ママは200万返してくれればその女のコ返すって言っているよ』と、クミから相談されたことがあったんだ。俺は『そのまま働かせて』と、話を終わらせた。冷たいようだけど、当時の俺はカネしか見てなかったから」
クミの名前を出す際のXは、申し訳なかったという感情と、それでいて女をダシにした金満生活がいまでも忘れられないような思いが交錯した複雑な表情をしていた。