弟子の存在
実質審理がはじまって間もなく、かつて弟子と呼んだ事件の共犯者たちが、検察側の証人として登場し、事実関係を詳述していくと、さすがに我慢ができなくなったらしい。
弟子への証人尋問、それも弁護人による反対尋問をやめてくれ、と言い出したのだ。
林郁夫に次ぐ証人の二人目、井上嘉浩が地下鉄サリン事件の教祖を交えた謀議場面を暴露したことは、ことのほか痛手だったようだ。
「それでは開廷します」
いつもの調子で阿部裁判長が告げた直後だった。聞き慣れない声が法廷に響いた。
「裁判長! 一言、意見を述べたいんですが」
麻原だった。唐突に被告人席から声を挙げたものだから、瞬時には誰の声だか判然としなかった。予想もしなかった展開だった。
「この事件に関係のあることですか」
「そうです」
不意の発言にも動揺することなく裁判長が切り返す。
「何ですか」
「ここでいいですか」
「じゃあ、こっち(証言台)に来て」
教祖自ら進んで証言台に立つことを望み、裁判という形式の枠組みの中に従順に入り込もうとしていた。
裁判長の正面に、両手拳をしっかりと握り締めて、真直ぐに立った教祖は言った。
「今日、証人のアーナンダ嘉浩(井上嘉浩)は、元私の弟子です。彼は完全な成就者で、マハームドラーの成就者です。
この件につきましては、全て私が背負うことにします。
ですから今日の証人を中止していただきたい。これは被告人の権利です!」
お腹のそこから絞り出すようなしっかりした声と口調だった。
それだけ述べると、教祖は弁護人席のほうに向き直り、覚束ない足取りを刑務官に補われながら、ゆっくりと、もとの席に戻った。
ところが、裁判長はこの教祖の申し出をあっさり受け流して、井上嘉浩に対する弁護側の反対尋問をはじめようとしたのだ。
これに教祖は慌てた。そして言った。
「裁判長、もう一言お願いします」
「ちょっと待って」
裁判長は刑務官に向かって再び被告人を証言台に連れてくるように手振りで指示した。
再度、証言台に立つ麻原。