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2020/11/07

source : 文春新書

genre : ニュース, 社会, 読書

余裕のない麻原

 まったく、しまらない裁判だった。

「まずね、理由から述べますから、被告人は、そこに座って聞いてなさい」

 小川裁判長は、目の見えないことを気遣うように、大きな声ではっきりと、座ったままの被告人に言い聞かせるように声をかけると、主文の言い渡しをあとにして、先を急ぐように判決文を読み上げはじめた。

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 刑務官ふたりに挟まれ、傍聴席に横顔をのぞかせるようにして座っている教祖。

 法廷に入ってきた時から、なにやら「ううー」「うー」と唸っている。それを隣の刑務官から注意されている。

 その風貌も随分と変わった。

 とにかく痩せた。初公判の頃のでっぷりとして、どこかに自信を滲ませた余裕の姿は、跡形もなく消えていた。

 初公判から間もなくは、顎から伸びたヒゲも、束ねられた頭髪も、長く真直ぐに伸ばされていた。紫の作務衣を着て、椅子にゆったりもたれ掛かると、そのまま、こっくり、こっくり、法廷で昼寝を楽しむほどの余裕があった。

 裁判の冒頭の手続きのひとつ、起訴された罪を認めるか認めないのか、罪状認否においては、全てを留保としていた。

「え~、被告人としましては、今ここで何もお話することはありません」

「留保します。起訴事実を」

 そんな調子でけむにまこうとしたところを、阿部裁判長に突っ込まれたことがあった。

「何も言うことがない、とはどういうことですか」

 真意を問い質そうという裁判長に、教祖はこう答えて逆ギレしている。

「裁判長に申し上げたい。それはどういうことかということは、いまここで話すことはない。裁判長でありながら、法律を無視するとはどういうことですか!   私は今ここで話すことはないと言っているんです」

 思わぬ逆襲に、たじろいだように阿部さんが答える。

「黙秘というなら、わかりますけど……」

 すると、その言葉を遮るように、憤怒して被告人が言った。

「私は、今ここで話すことはない!   と、言っているんです!」

 さすがにこれには、裁判長も、

「それ以上、言うことがないんならそれでいいです」

 と、あっさり引き下がってしまうほど。

 それだけ、教祖も元気だった。

 しかし、その様相も半年も経つとすぐに変わってしまう。