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北九州監禁殺人事件にも似た残忍な手口

「Aさんは山本被告らの監視下で“借金”を返し続け、返済総額は数千万円に上ります。しかし山本被告らは『Aさんが失踪したから借金を肩代わりしろ』と高畑夫妻にも金銭を請求した。山本被告は瑠美さんを家族から引き離し、いわば人質にして瑠美さんの夫に金銭を要求したのです。

山本被告(左)と瑠美さん

 被害者を周囲から孤立させ、暴力や脅迫で精神状態を操っていくという手口は、2002年に発覚した『北九州監禁殺人事件』を彷彿とさせます。瑠美さんやAさんは山本被告らのマインドコントロール下にあったと見られている。瑠美さんが山本被告らの指示で、家族に金を要求したこともありました」(地元紙記者)

 周囲の人々を恐怖支配する”女帝”山本被告。瑠美さんは山本被告らとどんな同居生活を送っていたのだろうか。

 彼らの関係性を取材するため、山本被告が足繁く通っていた中洲の歓楽街で聞き込みを行った。すると、山本被告と瑠美さんの奇妙な関係が浮かび上がってきたのだ。

ホストで豪遊する山本被告

ホストクラブ従業員が明かす“奇妙な関係”

 山本被告と瑠美さんが頻繁に通っていたホストクラブの従業員Xさんが、当時の様子をこう振り返る。

「美幸さんは元々うちのお客さんだったのですが、ある時、瑠美さんを一緒に連れてきたんです。瑠美さんが亡くなる半年くらい前だったと思います。瑠美さんはホストクラブに慣れている感じはなく、ホストと話すのも乗り気ではないように見えました。お酒も強くないのか、最初はカクテルとか甘くて飲みやすい酒を飲んでいました」

 その後も山本被告は瑠美さんを連れて、週1回のペースでこのホストクラブを訪れたという。ホスト通いは瑠美さんが亡くなる2、3週間前まで続いた。

山本被告(左)と岸被告(右)

「最初のうちはセット料金を払う程度の遊び方でしたが、最後の方は20万から30万円程度は遣っていました。特に美幸さんは金払いがよく、必ずシャンパンを入れてくれました。ホストに慣れてきてからは瑠美さんがシャンパンを入れることもありました。お金はお互い自分たちの財布から支払っていました」

 しかし、山本被告の知人Yさんは「瑠美ちゃんはみゆ(山本被告)にうまく使われてたよ」と明かす。