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「やっぱり順位戦は特別ですか?」

「白玲」のタイトルを争うにはA級に所属していなければいけないため、D級からはC→B→Aとそれぞれ1年ずつかけて昇級しなければならない。棋士にとっての順位戦(タイトル称号は名人)がそうであるように、女流棋戦で1年目の新人がタイトル戦への出場権がないのは白玲戦だけになる。

「上を目指すのが大変だなぁ」

 と言うと

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「そういうことでもない」

 と言う。

 それは前向きな辛さで、順位戦には降級という後ろ向きの辛さがある。私も経験があるが、確かに後ろ向きの戦いはとても辛い。

 順位戦を戦うというのは、階段を昇っていくところも、降りていくところも、棋士としての人生を可視化されるという事なのかもしれない。

 勝負の世界は分かりやすくて、残酷なのだ。

「やっぱり順位戦は特別ですか?」

 と聞くと

「そりゃあ旦那見れば分かるでしょう」

 と返された。

夫の及川拓馬六段は、同じ伊藤果八段門下のプロ棋士 ©文藝春秋

 棋士である夫は、現在C級1組で順位戦を戦っている。長年1番下のクラスのC級2組に在籍し、好成績をあげ続けていたが、なかなか昇級出来なかった。

娘たちには「人と比べる必要はない」と伝えながら

 1番最初に訪れた昇級のチャンスの時のことをよく覚えている。この1局に勝てば昇級という日の朝、出発前の仕草が見るからに少しソワソワしていた。「あぁ、緊張しているんだな」と思い、同時に「今日はヤバいな」と感じた。同じ勝負の世界にいるからなのか、夫婦だからなのか分からないが、瞬間的にそう感じた。いつもより20分程早く、夫は家を出ていった。

 順位戦としては早い時刻に終局し、夫は昇級出来なかった。帰ってきてから「朝、いつもより早く出たことに気付かなかった」と言った。

 棋士は奨励会を経験してきているので、精神面が弱い人はいないと私は思っている。それでもこうなるのが、順位戦なのだ。

 白玲戦は棋士の順位戦とシステムこそ同じだが、まだその怖さや厳しさは目に見えていない。どんなに近くで感じていても、実際に自分で戦ってみないと分からないことは多い。

 おそらく戦っていくうちに辛さを知ることになるのだろう。順位戦の辛さや怖さが「名人」を作っている様に、私たちも苦しみながら「白玲」を作っていくのだ。

 それにしても、娘たちには「人と比べる必要はない」と伝えながら、自分は1つの順位を争っていくとは、人間はやはり矛盾だらけだ。

「自分が順位戦を戦ったら、夫に少し優しくなれるかもしれないですね」

 と言ったら

「なんじゃそりゃ」

 と返された。

 白玲戦は11月から開幕する。

 誰もが皆、1番を目指し、明確に順位付けされる。それが順位戦システムだ。

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