昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

特集女芸人の今

「周囲は『顔が優しくなった』と。でも…」過激女芸人・モリ夫の東京での“唯一の心残り”

モリマン ホルスタイン・モリ夫さんインタビュー#3

2020/11/15

 地元北海道に帰り、モリ夫はローカルタレントとして新たな芸人人生を歩み始める。そして見つけた「スナック」という聖地。

「テレビという狭い世界の話」に私生活までぐちゃぐちゃにされ、ノイローゼ寸前まで追い詰められたモリ夫は今、スナックのカウンターで、かつて自分を苦しめたテレビの世界の話を優しく紡ぐ。

 伝説となった月亭方正(旧芸名:山崎邦正)との対決、岡村隆史の結婚に思うこと……女性芸人は「テレビという狭い世界の話」とどう付き合うべきなのか。 (全3回中の3回/1回目から読む)

 

 ◆ ◆ ◆

「光浦さんに甘えてばっかじゃいけない」とスナック開業

——なぜ北海道でタレントをしながらスナックも開店することになったのですか? 

モリ夫 やっぱりMCなんですよね。MCができたら夕方の帯番組も任せられると思うんですけど。地元の仲いいディレクターにも「もうレポーターっていうキャリアじゃないしさ、使いづらいんだよね」って言われて。

「そうだよね、この年だったらもうMCやってなきゃいけないんだよね」って。困ってたんですよ。だからスナックを始めた。 

——なるほど。 

モリ夫 あと……オアシズの光浦靖子さんも、きっかけなんですよ。光浦さんが毎年お正月に海外旅行に連れて行ってくれてて。私、お金ないのに、出してくれて。2012年にサンフランシスコに連れて行ってくれたんですよ。すっごい楽しかった。「私、来年こそ自分でお金出せるように頑張ります。仕事をどうにか入れます」と誓って帰ってきました。

 それなのに私ときたら相変わらず毎日ゲオに通って映画3本見てる。誓ったのに、何も仕事してねえじゃんって気づいて、友達の不動産屋に電話して、「スナックやるわ」って、それから1カ月もしないうちにオープンしました。

 だから、光浦さんに甘えてばっかじゃいけない、自分でどうにか金を作ろうと思って始めたんですよね。そうしたら、調子いいです、店。 

——お店を出すのは初めてですか? 

モリ夫 一回犬のグッズ屋をやったんですけど、5年で2000万の赤字ぶっこきまして、こっちの商売は向いてないと思ってやめました。貯金もすぐ尽き、親に頭下げてお金も借りて、いよいよキャッシングに手を出しそうになって、「ここまでやる必要ないよな」と思ってやめたんですけど。 

——今なら流行ってたかもしれない。 

モリ夫 今はインスタとかあるんでね、ちょっと早かったのかもしれない。でも、飲み屋が一番ですわ。原価安いし、適当な下ネタ言ってれば皆さん笑ってくれる。お客さんみんな優しいんです。 

 

——お笑いへのこだわりはないですか? 

モリ夫 はい。だから……本気でお笑いやってる人に本当に申し訳ないと思うんです。そこまで興味ないことでバーンと売れてしまって、その名があって今スナックがうまくいってるのも事実で。

 それをすごく悪く言ってきたり、お店をやることに対して否定的な人ももちろんいっぱいいるんですよ。私的には「何が悪いんですか。食っていくためにはしょうがないじゃないですか」って。誰にも迷惑かけてないんだから。