修正されていない計画書
中参謀長がしきりにたのむので、稲田副長は久野村参謀長と、ふたりだけで会談した。久野村参謀長はインパール作戦の計画書を提出して、
「稲田、たのむよ。認めてくれんか」
と、親しい口調でたのんだ。その内容は、第15軍の兵棋演習の時のものと、全く同じであった。つまり稲田副長が“修正しない限り許可しない”と申し渡したものと、少しも変ってはいなかった。
稲田副長は久野村参謀長の真意を疑って、念をおした。
「この計画を、中参謀長は承知なのか」
「承知だから、われわれをつれてきた」
稲田副長は中参謀長の考えていることがわからなくなった。3カ月前のラングーンの兵棋演習の時には、中参謀長が自分で講評して、この計画を非難し否決した。その時、稲田副長も、それに同意の講評をした。それなのに、それをそのまま、稲田副長に認可させようとしている。
また、そのために、河辺軍司令官と中参謀長とがいっしょになって、片倉高級参謀を追いだそうとまでしている。前には、このふたりは牟田口軍司令官の計画に反対していた。それが今は、このような策動をして牟田口計画の認可を得ようとしている。こうした変化が、いつ、どのようにしておこったのか、稲田副長は奇怪に思った。
今、ビルマのほかに勝っている所はない
あるいは、牟田口軍司令官の激しい意欲と強烈な自信に動かされたのかも知れなかった。そうとすれば、ビルマ方面軍の最高首脳者としては無能無力な統帥ぶりである。さもなければ、東条大将から何らかの指示があり、それに迎合したとも思われた。そうした追従の傾向があった。いずれにしても、無責任にすぎると思われた。稲田副長は計画書に手をふれないで、
「これは、なおさなければ認められんよ。それに、片倉が聞いたらおこるぞ。あんたは何も知らんことにしておけ。おれも何も聞かなかったことにする」
「そんな堅いこというな」
久野村参謀長のことばには、おれとお前の仲じゃないか、といったひびきがあった。
「しかしだな。こんな計画を認めたら、たいへんなことになる。インドまで攻めこんで、やりそこなったら、それだけではすまんことになる。日本全体が取り返しのつかんことになる。今、ビルマのほかに、勝っている所はないのだからな。それを考えにゃいかん」