「ウ号作戦をやらないと、15軍はくさってしまうのです」
久野村参謀長は当惑していたが、
「それじゃ、もう1つだけ、たのみを聞いてくれ。藤原がせっかく、ここまできたことだから、話を聞いてやってくれ。藤原はこの計画をまじめに考えている」
稲田副長は藤原参謀に会ったところで、むだなことはわかっていた。藤原参謀が久野村参謀長と違った作戦計画を持ちだすはずがなかった。
藤原参謀はこの計画については、作戦主任参謀以上に熱心だった。牟田口軍司令官の構想を基にして、研究をかさねた。そして、やれるという確信を持って、2年越し奔走をつづけている。チンドウィン河のような重要な場所には、直接に出かけて渡河の方法を研究していた。
稲田副長は藤原参謀の努力を知っていたので、話を聞いてみることにした。藤原参謀は稲田副長に向って、いきなりいった。
「今、ウ号作戦をやらないと、15軍はくさってしまうのです」
「15軍がくさるからというだけなら、ウ号でなくても、なんでもやればいい。インドをあきらめて、雲南をとりに行ったらいい」
「雲南ですか」
インド進攻を訴えようとした矢先に、急に話が中国の雲南省に飛んだので、藤原参謀はあっけにとられた形で問い返した。
「そうさ、総軍といっしょになって、雲南に女をとりに行った方がおもしろいぞ」
稲田副長は時どき、とっぴなことをいう癖があった。本心はまじめなのだが、それがつかめないので、藤原参謀は当惑しながら、
「おもしろいですか。しかし、雲南よりもインパールをやらしてください」
「それなら、真剣に考えなけりゃいかん。英米が本気になってかかってきたら、どうする。どうもならんじゃないか」
いくさは、切りあげることを考えてやらなけりゃいかん
稲田副長は相手の気持ちを読みながら話をしていた。
「英米にインドの方から押されたら、ビルマ方面軍はさがる道がない。雲南に退路を求めるよりほかはない。ビルマは南方軍の主力だから、これがさがる時は、総軍もいっしょにさがる。南方軍の主力はシナにおいて、総軍はシナ総軍と手を握る。こうして北京まで逐次さがるとすると、5年はかかる。いくさは、切りあげることを考えてやらなけりゃいかん」
稲田副長はしだいに早口になった。熱のこもった調子だった。総参謀副長として、さきのことを計算していたのだ。また、第15軍がくさるというだけの理由で、インドに行かれては困ると思っていた。