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《トライアウト挑戦》新庄剛志の全盛期を支えた元妻が明かす「最後に何か掛けてあげたい言葉?何もない…」

『人を輝かせる覚悟 『裏方』だけが知る、 もう1つのストーリー』より

2020/12/07

はにかみながら一生懸命話す新庄剛志

 目の前にいるのはまさにあのとき、私を呼んだ声の持ち主。暗い場所で、あんなに離れたところから見えるなんて、さすがに野球選手だけあって目がいいなあ、と感心してしまいました。

 当時、私が出演しているクラリオンのCMがフジテレビの『プロ野球ニュース』の合間に流れていたこともあり、野球選手たちの間ではわりと知られていたようです。

 対談が始まると、昨夜の大胆さとは対照的にとてもシャイ。はにかみながら一生懸命、話をする人でした。

 10月生まれの私と1月生まれの彼とは、生まれ年は違うものの同級生です。それがわかると互いに親近感が増し、友達のように会話が弾みました。

「付き合っている人はいるの?」

 対談が終わってクルーザーが岸に近づいてきたころ、小さな声で「付き合っている人はいるの?」。「いないけど」と答えたら「俺もいないんだ」と、とてもうれしそう。会話はそこで終わりました。あとで聞いたところによると、この企画があると知って彼は自分から志願したのだそう。ホテルに戻ってからも視線はずっと感じていて、ロビーの遠くの方から見てるな~と思っていました。

©iStock.com

 その日の夜のこと。スタッフの皆さんと食事に出かけると、そこには亀山選手の姿が。ご挨拶をすると「新庄が志保ちゃんのことを気に入っているみたいなんだけど、熱があって来られないんだ。あとで戻ったら会ってやってくれないか?」とのこと。

 ホテルに戻り裏口へ向かうと、暗闇の中、チャックを閉めたジャンパーの中に腕をしまい、袖も通さず走って来る彼の姿が。途中、つまずいて顔から転んでしまいましたが、そこは見て見ぬフリをしつつ……。それから色々とお話をしました。話題がお互いの誕生日になり、私が先月21歳になったことを話すと「プレゼントをあげたいんだけど」。私が「別に物はいらない」と伝えると、「それなら試合を見に来て欲しい。チケットを送るから誕生日に連絡して」と、互いの住所と電話番号を交換しました。