松重豊さん、57歳。還暦を目前にした人気俳優は、小説とエッセイを収めた1冊『空洞のなかみ』を書きました。初著書からみえてくる、何度も諦めかけた若手時代、自分を役者につなぎ止めた存在、そして2020年に起きた大きな変化……。
長年にわたって400作品以上の映画やドラマに出演し、大ヒットドラマ「孤独のグルメ」の主演も務める「俳優・松重豊」の“素顔”に迫るロングインタビューです。
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――松重さんといえば、沢山の作品で活躍する「俳優」というイメージです。そんな松重さんが「書く」ようになったきっかけは、なんだったんでしょうか。
松重 3年ほど前でしょうか、毎日新聞出版の編集者の方からお手紙をもらいました。僕と同じように、長年「脇役」を続けてこられた沢村貞子さんのエッセイが非常に面白いので、松重さんも書いてみませんか、と言われました。
印象的だったのは、その内容以上に、この手紙の字がもう本当に、すごくきれいだったこと。ついそれに揺さぶられてしまい、気がついたら「やらせてください」と、書き始めることになりました。いまはもうパソコンですが、僕も一応大学は文学部だったので、文章や文字、そういう「ものを書く」ということで、人を動かすことができるんだと触発されてしまったんですよ(笑)。
で、そうやって書き始めた週刊誌の連載がたまって「そろそろ本にしませんか?」といわれたのが2020年の2月頃でした。その後、あれよあれよという間に「緊急事態宣言」が出て、世の中は一変。俳優なんて「不要不急」な稼業ですから、撮影や上映、あらゆる仕事がストップしました。
以前であれば毎朝の散歩中に台本を覚えていましたが、そこで覚えるセリフもない……。自宅に引きこもらざるをえなくなり、妄想するか家でプリンを焼いたりスイーツを作ったりするくらいしかすることがありませんでしたから(笑)、そこで一気に小説も書いたんです。
――生活が一変したことで、松重さんの意識にどんな変化があったんでしょうか。
松重 「もう俳優の仕事には戻れないかも」と思うこともありました。やっぱり劇場、映画館がどんどん閉鎖されたことは衝撃だったんです。「空襲警報発令といって、ウーッと鳴ったら家を出られないんだよ」とお年寄りから戦争について聞かされていたのが、まさに今、「今日は買い物に行っちゃ駄目」とか「外に出ると死ぬよ」と言われる日常が世界中の人に降りかかった。こんなことって、これまでなかったと思うんです。
それこそ戦争でも起きない限り、地震が起きても劇場、映画館というのは、やっぱり心のよりどころとしてあるべきだと思ってきました。それが、今回コロナに関しては「あるべきだ」よりも、「場所として成立しないから」と突き付けられた。意識が180度変わりました。