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 考えてみれば、『孤独のグルメ』は「ドキュメンタリー」に近いところがあります。僕は本当に腹を空かせて食べているからおいしく感じるし、本当にお店の料理がおいしい。

 僕自身、放送が始まっちゃうと行けないので、放送前に実際に行くんですよね。「ああ、来てくれたんですか」「いや、来ますよ。あの時食ってないやつを食べたくてさ」と、そこでまたお店の方と話をします。

 で、「次また来るね」といって、放送日が来ちゃって、そこから先は予約しようとしても「すいません、今度の日曜日なんですが……」「あ、すいません、もういっぱいです」って言われて「ああ、そうか。駄目か。ごめんなさい、また電話します」……と、こんなふうに行けない店が山ほどあります。お店の方には「『孤独』でお世話になった松重ですけど」って一言言ってくれればと言われますが、流石にそれは言いませんから(笑)。

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 ある意味、そういうところで嘘はついてないから、ドラマでありながら、どこかドキュメンタリーやノンフィクションに近いものがある。作り手がみんな、それをわかっているんです。もしかしたら、そこが普通のドラマと違うから、何度見ても面白いと思われているゆえんかもしれません。

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“ドキュメンタリー”と“ドラマ”の間で「スイッチが入った」名優たち

――撮影を離れてもお店に行く「嘘のついてなさ」が、あのドラマのひとつの魅力なんですね。

松重 そうやって実際にお店に行くたびによく思いますが、やっぱりお店の方が面白いというか、その人たちを好きになるんですよ。おいしいものを出している人って面白い人が多くて。

 現場に来られるゲストの方もそうです。『孤独のグルメ』は毎回お店の人の役をいろんな役者さんが演じられます。「おかみさんの役」ひとつとっても、いろんな女優さんがこのドラマってお出になるんですが、みんな楽しそうにやられているんですよ。

 主演を何作もやっているような人に、名前も出てこない「おかみさんA」みたいな役をお願いするんですよ? でも、そこでお店の本当のおかみさんと話しているうちに、その人を演じてみたくなるんです。

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 役者って自分でどうしようもない部分があって、自分が「おかみさん」をどう演じようと思って来ているわけじゃないんですよ。その店に来て、「こんなものを出すんだ」と思って、おかみさんのたたずまいを見る。で、実際に話す。

 そうこうしているうちに、実際のお店の人が、どういうふうに配膳しているか、誰かに声かける時にどういうふうに話しているか……。そうした振る舞いをみて女優さんに「スイッチ」が入り、「私、この人をやるんだね。わかった」といって、その人を演じ始めるんです。そんな瞬間を、僕はこれまで何度も見ました。それだけで、「ああ、このドラマをやっていて本当によかったな」と思うんですよね。